2012.05.04

25年目のキス(1999年)

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“ロンドンで一番”と言われたレシピで作ったブラウニー。しかし…!

 以前、このblogにコメントを書き込んでくれた女の子のblogを昨年からずっと読んでいて、今の就職活動のあまりの厳しさに涙しつつ、陰ながら応援していた。しかし無事に、この春から働いてらっしゃるみたい。自分も就職先が決まるのが遅かったので、他人事とは思えませんでした。本当におめでとうございます。感性豊かで真摯な女の子に、働く機会がちゃんと与えられる世の中であってほしいなあ。慣れるまでは大変だと思うけど、長くやっていれば必ず自分がやりたいことや自分らしいことが少しずつできるようになるので頑張って! と、人を励ましている場合ではなく自分も頑張らねば。そんな新入社員がいっぱい誕生した春、ということでOLが主人公の映画、ドリュー・バリモア主演・製作総指揮『25年目のキス』を見た。しかし今は「OL」じゃなくて「サラ女」と言うって本当なんでしょうか?


 


 シカゴ・サン・タイムズ社で働く二十五才のジョジー(ドリュー・バリモア)は、語彙が豊富で文才はあるのに、オドオドしていて真面目すぎるので記事を書かせてもらえない。ところがワンマン社長(ゲイリー・マーシャル)の思いつきで、学生に扮して高校潜入ルポを書くことを命じられる。この企画が失敗すると自分のクビも危ない上司のガス(ジョン・C・ライリー)はジョジーに学園の王子様のガイ(ジェレミー・ジョーダン)や、カースティン(ジェシカ・アルバ)ら美少女三人組と仲良くなるよう指示を出すが、ジョジーはさえない優等生のアルディス(リーリー・ソビエスキー)やコールソン先生(マイケル・ヴァルタン)とは気が合うものの、学園の人気者たちには相手にされない。ついに姉の苦労を見かね、弟のロブ(デヴィッド・アークエット)までもが高校生として学園に潜入してジョジーを人気者にすることに成功するが……という話である。


 


 OL生活が長かったのでOL映画を見るのは大好き。でもOL映画を撮るなら、「ショートカットしない」ことを絶対に守ってほしい! 「美人だから」「誰かの恋人だから」などの理由で、面接とか試験とか業績とか、男性にも女性にも求められる然るべき段階をすっ飛ばして出世・転職・異動・昇格すると、OL仲間には確実に嫌われる。私が働いていた会社でも、美人で人気者のアルバイトの女の子が男性社員の支持を得て変則的に正社員に登用されそうになったことがあるが、結局、男性と同様に学歴などの採用条件を満たして面接や試験を戦い抜いた女子社員たちから猛反対の嵐が巻き起こり、見送りとなった。私はそのとき忙しかったので、すべてが終った後に顛末を教えてもらったのだけど、知っていたらやっぱり一緒に反発したはず。それ以外にも身の回りで「ショートカット」話はいくつか知っているが、する人もさせる人も「糞くらえ!」である。だからOL映画が、一番のお客様のOL様の共感を得たいなら、「ショートカットしない」は鉄則だ。とことんショートカットでのしあがるOL映画は、『ショーガール』ぐらいえげつなくやってくれるならちょっと見てみたいけど。


 


 ほとんどのOL映画は「身の丈に合ってない状況に放り込まれる」という発端に始まって、「つじつまが合うよう努力することで人間としてもひと皮むける」という結末を迎える。例えば、人気の映画『プラダを着た悪魔』ではダサくてファッションをバカにしているアンドレアが「人気ファッション誌の編集長のアシスタントに採用される」という身の丈に合っていない状況に放り込まれる。そして、それには「ファッションおたくな女の子はバカばっかりで使えなかったけど名門大学を卒業して大学新聞の編集長もやってたあんたなら使えるかと思って採用した」という理由があるので、OLも納得の大抜擢になっている。しかし同じアライン・ブロンシュ・マッケンナが脚本を書いた『恋とニュースのつくり方』では、なぜローカル局をクビになったベッキーが、視聴率最低番組とはいえネットワーク局のディレクターに大抜擢されたのかがわかりにくいので映画に乗り切れない。


 


 『お買い物中毒な私!』も、ファッション雑誌の編集部に採用されたくて送った文章が経済雑誌で採用されるなんて、「女の感性を生かす」という戯言=「ショートカット」としか思えない(英語がわかる人は彼女の文才に納得できるのかな?)。 『ブリジット・ジョーンズの日記』はOLが主人公だけど、あれは『高慢と偏見』を下敷きにしているので、OL映画というより恋愛の映画だと思う。『ワーキング・ガール』はメラニー・グリフィスが素晴らしく可愛いんだけど、ショートカットの嵐で、もう今のOLには受け入れられないだろう。そのようにOL映画はいっぱいあるけど、OLの共感を得られて、時代を超えて長持ちする作品は実はとっても少ない。


 


 この『25年目のキス』では、どんくさいジョジーが「二十五歳なのに高校生のふりをして潜入ルポを書く」という身の丈に合わない状況に放り込まれる。それを決めるのが「すべて思いつきで好き勝手に決裁するワンマン社長」で、そういう社長は現実世界にもいるので(私も会ったことある)、この大抜擢は納得できる。そしてジョジーを演じるドリュー・バリモアが、うら若き乙女とは思えないくらい(当時、二十四歳)、ましてや女優とは思えないくらい、もてない女の子に大胆に化け、そのブス可愛さといったらないので、映画の世界にすんなり入っていける。しかもジョジーは、明るく元気なだけの女の子では終わらない。優しい人たちを騙そうとして騙しきれないジョジーはまるで、『少佐と少女』のジンジャー・ロジャースや、『オペラ・ハット』のジーン・アーサーや、『レディ・イヴ』のバーバラ・スタンウィックみたいに、最後に大人の女性の優しさと強さを見せてくれる。甘酸っぱいエンドロールも、この映画を締めくくるにふさわしい素晴らしさだ。日本にはプロムがなくて本当によかったとつくづく思うが、ジョジーの気持ちがわかる女の子は日本にもいっぱいいるんじゃないかな。高校時代、男子とほとんど口をきかなかった私も、そのひとりである。


 


 


 ジョジーの高校生活は学食とファストフードで彩られる。特に、ロブが学園で人気者になるために実行した、学食の食べ物を使ったある「秘策」には笑った。あのシーン、大好き。パイやシェイク、デコレーションケーキ、アイスクリームなどチープな甘いものがいっぱい出てくる中で、ジョジーとコールソン先生の距離を一歩近づける大事な食べ物がブラウニーである。学園の人気者と仲良くなるためにジョジーは人気スポットのクラブに行き、「ガンジャケーキ」を勧められてマリファナ入りのブラウニーを食べてしまう。それでブッ飛んだジョジーは、クラブのステージ上で下品にはじけてしまうのだが(このシーンのドリュー・バリモアも最高)、そんな恥ずかしい姿を見ても、コールソン先生は飾らないジョジーにますます好感を持つ。怒られたり泥酔したり失敗したり、時には公衆の面前で無様な姿をさらさなければならないOLにとって、度量の大きいコールソン先生は最高にいい男! ジョジーが食べたブラウニーはねっとりしたチョコレートクリームが塗られていてデビルズフードケーキみたいだったけど、せっかくの機会なので、前々から気になっていたロンドンのチョコレートショップのポール.A.ヤングさんのレシピでブラウニーを作ってみた。


cake ポール・A・ヤングさんのブラウニー

【材料】
・無塩バター 100g
・ゴールデンカスターシュガー 250g
・ゴールデンシロップ 75g
・70%ダークチョコレート 275g
・放し飼いの鶏の中くらいの卵 4個
・中力粉 70g
・ココナッツフレーク 50g
・ドライチェリー 100g

【作り方】
・オーブンを160℃に余熱する
・大きなソースパンで、バター、砂糖、シロップが滑らかになるまで溶かす
・火を止めてチョコレートを加え、よく混ぜる
・卵を溶いてチョコレートの混合物と混ぜ合わせる
・小麦粉、ココナッツを加え、十分に混ぜる
・クッキングペーパーを敷いた15cm×20cm×2.5cmのトレイに注ぎ、平らにならす
・チェリーをブラウニーの表面に散らし、20分間焼く
・オーブンから出して冷まし、一晩冷蔵庫で冷やす
・型から出して、ペーパーを取り除き、濡れたナイフを使ってブラウニーの端を切り落とし、好きなサイズの四角形に切る
・食べるときは室温もしくは温める
・密閉容器に入れて冷蔵庫の中で4日間保存できる

book ポール・A・ヤング著『adventures with chocolate』より



 料理研究家のデヴィッド・ルボヴィッツさんが、ポール・A・ヤングさんのブラウニーを「ロンドンで一番美味しい」と言っていたので気になっていたら、レシピ集が出版されていたので、その中の「黒サクランボとココナッツのブラウニー」を作ってみた(ドライクランベリーで代用)。しかし焼く温度が低いのが気になった。これはねっとりタイプのガトーショコラのレシピに似ている? 過去、ねっとりタイプのガトーショコラを何度か作ったことがあるのだけど、実は一度もうまく焼けたことがない。不安を感じつつ、とりあえずレシピ通り一六〇度で二〇分焼いて取り出したら、生地がタプタプと型の中で波打って、どう考えても生焼け。それで再度、一七〇度に予熱したオーブンで一〇分焼いたら、表面が一センチくらい膨らんで裂け目ができた。やっぱりこれくらい火を通さないとダメだろうと納得して粗熱を取って、一晩冷蔵庫で寝かしたが、翌日、切ってみたら、まだネトネト過ぎて包丁でスムーズに切れない。ポールさんのオーブンではいいかもしれないけど、わが家のオーブンは、このレシピではダメみたい。次は生地を半分の量に減らして、一七〇度で二〇分~三〇分焼いて、中の方だけしっとりとなるようにしてみたい。ガトーショコラ系は何が正解なのかがわからなくて難しい。でもそれって自分の中にイメージがないってことか。パンみたいな軽いパフパフのブラウニーじゃなくて、表面はカリッとして中がちょっとしっとりネットリどっしりしたブラウニーを作りたいのは確かなのだけど、果して、美味しいブラウニーとは!?


 

 

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2012.04.30

港のマリー(1949年)


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ロベール・J・クールティーヌのタルト・オ・ポム・バリノワーズ。

 『プロヴァンス物語 マルセルの夏』日記でタルト・オ・ポムが出てくる映画を思い出していたときに、おととし自分が書いた、マルセル・カルネ監督『港のマリー』日記を読んだら、あまりに無内容で酷かった!(今も変わらないけど)。それで、もう一度『港のマリー』を見たら、やっぱり何を言いたい映画なのか、さっぱりわからない。同じ「マリー」としては、理解できないまま彼女を捨て置けなかったので、ジョルジュ・シムノンの原作を読んでみることにした。



 映画は、オディール(ブランシュ・ブリューワ)とシャトラール(ジャン・ギャバン)が、故障した自動車を田舎道で修理するシーンから始まる。オディールは父親の葬式に参列するため、情夫のシャトラールはそのつきそいで、シェルブールからポル・タン・ベッサンへ向う途中だった。父親を失ったオディールの弟妹は伯父に引き取られることになるのだが、十八歳の妹マリー(ニコール・クールセル)だけはポル・タン・ベッサンに残ってカフェで働くといって譲らない。気の強いマリーが気に入ったシャトラールは、港で古い船を買い取り、マリーが働くカフェに頻繁に顔を出すようになる。そんな二人の関係に、マリーの恋人のマルセル(クロード・ロマン)が嫉妬してヤケを起こし、シャトラールが運転する車に飛び込んで自殺をはかるのだが……という物語である。


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シムノン選集〈第9〉港のマリー (1970年)


 ジャン・ギャバンがシャトラールを演じたときは四十五歳。彼と恋に落ちるマリー役のニコール・クールセルは十九歳。ところが映画のジャン・ギャバンはなんだか老けていて、五〇~六〇歳くらいに見える。そのせいで年齢差を感じさせすぎる二人の関係がどことなく不潔に見えて、スールノワーズ(心の底のわからない子)のマリーが、度を超したスールノワーズに見えてしまったみたい。
 原作を読んでみるとシャトラールは三十五歳でまだ若く、貧しい港町のポル・タン・ベッサンでも小都会のシェルブールでも、シャトラールとマリーだけが他の人々と違っていて、似たもの同士であることがわかる。


 


 『港のマリー』を見ていると、漁師たちが酔うために飲むカルバドス、シェルブールのレストランの女従業員がムシャムシャと手づかみで食べるムール貝、そして葬式後の喪服の食卓に出てくるりんごパイを食べてみたくなる。
 港町のポル・タン・ベッサンの葬式は、黒のキャスケットに黒いタートルネックという漁師ならではの喪服がちょっとオシャレで、スーラも絵に描いた簡素な石造りの町を葬列の進む様子が厳かで美しい。
 ところが葬式が終わって家に戻り、格子柄のテーブルクロスがかけられた食卓にマリーが大きなりんごパイを乗せると同時に、人々は今後の計画を乱暴に話し、叔母はりんごパイを何等分に切るかに夢中になり、叔父はタバコの紙を巻き、姉は子どもと戯れ、ガヤガヤと賑やかしくなる。この聖と俗のコントラストが、ポル・タン・ベッサンの空気を強烈に伝えるのだが、マリーはガヤガヤしている食卓でひとり静かに給仕をし、シャトラールはガラス窓越しに葬列を傍観し、二人だけが周囲から浮いている。


 


 石造りの路地、喪服、整然とした葬列の無機質な世界から、ホカホカ湯気が立つような日常に戻ったときに、画面いっぱいに映る大きなりんごパイは、パイ皮の端がピザのようにぷくっと膨らみ、白黒映画では焦げ目に見えるくらいしっかりと焼き色が付いている。その上に並べられたりんごのスライスは飴がかけられたようにつやつやと光っていて、こちらも香ばしそうな焼き色が付いている。
 当たり前に思い浮かべるりんごパイに比べるといびつなのだが、見とれるくらい美味しそう。この美味しそうな大きいりんごパイを見ていると、ポル・タン・ベッサンの生活を俗っぽく田舎臭く息苦しく思いつつも、やっぱり懐かしく親しみ深く離れがたく、ずっとそこでヌクヌクとしていたい地元の人々の気持ちがわかる気がする。
 しかしそんな魅惑のりんごパイのレシピはわからないので、同じジョルジュ・シムノンが書いたメグレ警視シリーズに登場する料理のレシピを紹介した、ロベール・J・クールティーヌ著『メグレ警視は何を食べるか? フランスの家庭の味100の作り方』のりんごのタルト・バリノワーズ(Tarte aux pommes bas-rhinoise)を作ってみた。私の技術では失敗しそうな手順を、ちょっとアレンジしたレシピが以下である。


apple ロベール・J・クールティーヌのレシピを参考にした、りんごタルト・バリノワーズ 

【材料】
(タルト生地)
・バター 120g
・小麦粉 120g
・コーンスターチ 40g
・砂糖 50g
・卵 1個

(フィリング)
・紅玉 2個
・砂糖 50g
・牛乳 1カップ
・小麦粉 大さじ1
・コーンスターチ 大さじ1
・ナツメグ 少々
・卵 1個
・卵黄 1個

【作り方】
・タルト生地用の小麦粉とコーンスターチを合わせてふるいにかけておく
・室温でやわらかくしたバターに小麦粉、コーンスターチ、砂糖、溶き卵を加え、こねすぎないように混ぜて、しばらく涼しいところでねかせる
・生地をのばして20cmくらいのタルト型にしき、フォークで数箇所つついて小さな穴を開けておく
・りんごの皮をむいて半月形に薄くスライスし、バターを敷いたフライパンで火を通す
・タルト生地にクッキングシートを乗せて重石を乗せ、200度のオーブンで15分焼き、取り出してクッキングシートと重石を取り除いて再び5分焼く
・フィリング用の卵と砂糖を混ぜて白くもったりするまで泡立てる
・卵と砂糖の混合物に、フィリング用の小麦粉とコーンスターチをふるいにかけたものと牛乳を加えて混ぜる
・混合物を漉し器で漉して火にかけ、もったりするまで加熱して、カスタードクリームを作る
・焼いたタルト生地にりんごを並べ、その上にカスタードクリームを乗せ、ナツメグをふりかける
・180℃のオーブンで15分焼き、冷めたら食べる

book ロベール・J・クールティーヌ著『メグレ警視は何を食べるか?』(文化出版局)より


Maigret
メグレ警視は何を食べるか?―フランスの家庭の味100の作り方 (1979年)


 ロベール・J・クールティーヌは美食ジャーナリストで、この『メグレ警視は何を食べるか?』のオリジナル本は一九七四年にフランスで発売され、ジョルジュ・シムノン自身が序文を書いている。クールティーヌは料理に詳しいだけでなく、本当にシムノン読者でもあるようで、この本のレシピには「港のマリーのスフレ」という創作料理まである。参考にしたりんごタルトは、『メグレと田舎教師』という作品に出てくる田舎医者の妹が作ったタルトをイメージしたもので、『港のマリー』とは関係ないのだが、シムノンと同時代に生きた読者が教えてくれるフランスの田舎の家庭のりんごタルトを味わってみたくて作ってみた。しかし、もったりしたカスタードクリームをたっぷり乗っけるタルト・オ・ポムより、卵液がカリッと焼ける 『プロヴァンス物語 マルセルの夏』日記のタルト・オ・ポムの方が好みかも。次こそは、もっと全体的に焼き色が濃いりんごパイを焼いてみたい。


 

 


 

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2012.04.24

メランコリア(2011年)

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キルスティン・ダンストはミートローフを食べて吐く。

 初めて見たラース・フォン・トリアー監督作品は、デートで映画館へ見に行った『ヨーロッパ』。その後も話題作は見ているけど、キリスト教や古典やヨーロッパの歴史などについて手ぶらで行ってもしょうがない作品が多いのと、女いじめが過ぎるのとで、気軽には見に行かない。この『メランコリア』は、「ラース・フォン・トリアー監督作品が大っ嫌い!!!」と公言している町山広美さんと山崎まどかさんが絶賛していたのが面白かったので、日比谷のみゆき座に見に行った。早々と上映終了しちゃったようだが、これを見た多くの人が「鬱々してる自分勝手な“不思議ちゃん”が地球の滅亡を予言し、言った通りに惑星が地球に衝突しそうになってから妙に張り切る困った映画」と思うんだろうなあと心配していた通りということだろうか。


Melancholia
メランコリア(DVD)


 結婚式の当日を迎えた新婦のジャスティン(キルスティン・ダンスト)は、若く美しく、広告代理店に勤める優秀なコピーライター。ハンサムで優しい新郎のマイケル(アレクサンダー・スカースガード)にも心から愛されている。姉のクレア(シャルロット・ゲンズブール)とその夫のジョン(キーファー・サザーランド)が所有する美しい城館で行われる結婚式は、なんの問題もなく始まったかのように見えた。ところが、ジャスティンは鬱病の症状がどんどん悪化し、おどけてばかりの父(ジョン・ハート)は頼りにならず、変わり者の母(シャーロット・ランプリング)は勝手な行動を取り続け、式は混乱に陥っていく。そんな中、赤い星アンタレスが消え、惑星メランコリアが地球に異常接近し……という映画である。


 


 主人公の家族からして国籍も歴史もまったく想像できないメンバーであるところが笑っちゃっうのだけど、広告代理店の上司と後輩との会話も薄っぺらで、いつものラース・フォン・トリアー作品と同じように現実味はゼロ。それでも映像の素晴らしさは有無を言わせず、キルスティン・ダンストは輝くばかりに美しく、女をいじめていじめていじめ抜いて堕ちるところまで堕とすいつものラース・フォン・トリアーとは違っていた。なぜトリアーは女いじめをやめたのかというと、数々のインタビューで彼自身が答えているように、欝病に苦しむ自分を女主人公に投影したからだ。ではなぜそれが惑星や女性や予言や世界の終わりのイメージになるのかというと、それはトリアーが発明したわけではなく、ヨーロッパには土星とメランコリー気質(憂鬱症)を関連づける文化があるからで、ミルトンとかキーツとかデカルトとかフーコーとかを読んでいる賢い人には常識なのかもしれないけど、私は若桑みどり先生の著書でしか知らなかった。


 


 せっかくなので、この機会にエルヴィン・パノフスキーらの共著『土星とメランコリー』やミシェル・フーコー著『狂気の歴史』も読んでみたら、トリアーがインスピレーションを得たと思われるイメージや論考がいっぱい詰まっていた。食べ物だってきっと、はっきりしたイメージを持って撮られていたに違いない。ではジャスティンは映画の中で何を食べていたかというと、姉のクレアが自分のために用意してくれた好物のミートローフをひとくち食べて「灰のようだ」と言って吐いてしまう一方で、ベリーのジャムは瓶に指を突っ込んで貪り食べる。惑星メランコリアが地球に接近する朝も、姉が焼いてくれたパンケーキには手をつけず、コーヒーを飲む。結局、ジャスティンが食べていたのは、ベリーのジャムやチョコレート、コーヒーなど黒い物ばかり。これは、古代からメランコリアが「黒胆汁」という意味であることや、アリストテレスらが「黒い葡萄酒が、他のなにものにも劣らず、人を憂鬱症の人間と同じような性格にする」と書いていることに関連づけてあるのだろう。私はゴマもチョコレートも黒酢も黒豚も好きだけど、欝気質じゃないので、ミートローフを作ってみることにした。


Melancorias
土星とメランコリー―自然哲学、宗教、芸術の歴史における研究


 


 ミートローフの起源は紀元前五世紀のローマまで遡れるとされ、アピキウスの『料理大全(De Re Coquinaria)』には、ウサギのひき肉と、松の実、アーモンド、胡椒、卵などを混ぜて豚の大網膜で包んでオーブンで焼く、「LEPOREM FARSUM」というミートローフに似た料理が掲載されている。これがドイツのミートローフ、Falscher Hase「偽うさぎ」になり、アメリカやイギリスのミートローフになったとのこと。そのアピキウスも著書の中で「黒い鳥や黒い魚を食べるとメランコリア(黒胆汁)が増える」と書いている。ミートローフが印象的に映画に登場するのはメランコリアが誕生した古代に思いを馳せて? それともジュスティーヌ(ジャスティン)やクレアウィル夫人(クレア)が登場する『悪徳の栄え』の睾丸の挽き肉や少年の尻の肉のイメージ? イギリスの『ビートン夫人の家政読本』(一八四七年)にもアメリカの『The Boston Cooking Shool』(一八九六年)にも、ミートローフは「Veal Loaf」という料理名で掲載されていて、両方ともロースト済みの肉を材料に使っていることに驚く。きっとローストビーフの残り物を活用するための料理になっていたのだろう。わが家ではシンプルにパセリ、塩胡椒、牛豚の合いびき肉、つなぎの溶き卵を混ぜて、二〇〇℃のオーブンで三十分焼いて、ケチャップをかけて食べたら美味しかった。

fastfood ビートン夫人のミートローフ

【材料】
・冷たいローストした子牛肉をよく挽いたもの 1lb
・ソーセージミート 1/2lb
・パン粉 2tbs
・グレービーもしくはスープストック 少量
・卵 1個
・塩コショウ

【作り方】
子牛とソーセージミートとパン粉を混ぜ、塩コショウでしっかり味付けし、卵を加える。よく混ぜて、グレービーもしくはスープストックを少しずつ加え、十分にしっとりするまで混ぜる。短く厚い円筒形にして、小麦粉で軽く覆う。もしくは節約しなくていい場合は、卵とパン粉でくるむ。中火のオーブンで1時間焼き、時々熱い油をかける。出来上がったら、熱いままでも冷めても食べられる。熱い状態で食べるときは、美味しいグレービーか味に合うソースを添えよう。

bookイザベラ・メアリー・ビートン著 『MRS. BEETON'S BOOK OF HOUSEHOLD MANAGEMENT』より



fastfood 『The Boston Cooking Shool』のミートローフ

骨に沿って切って、子牛の膝をバラバラに分ける。水分をふいて、脂肪の無い1ポンドの牛肉とタマネギ1個を鍋に入れる。沸騰した水に浸し、牛肉が柔らかくなるまでゆっくり加熱する。水気を切って牛肉をよく挽いて、塩コショウでしっかりと味付けする。型の底に固ゆで卵のスライスとパセリを並べる。肉の層、薄くスライスした固ゆで卵の層を置き、よく刻んだパセリを散らして、残った肉で覆う。上から1カップ以下の酒を浴びせる。押して冷やして固まったら、お皿に開け、パセリで飾る。

book ファニー・ファーマー著『The Boston Cooking Shool』より



 ミートローフから黒いベリーのジャム、ブリューゲル、ゴヤ、オフェーリア、マルキ・ド・サド、トリスタンとイゾルデまで、先人たちのイメージを拝借しているトリアーをいけすかなく思うかと言えばそんなことはなかった。古代から中世においては星に定められた不幸な運命とされていたメランコリー気質は、ルネサンスでは不吉な星から解放され、知的で思索に向いていて他人より優れている天才の気質とされたけれど、ジャスティンはさらにその上を行き、星に支配されているどころか星と一体化し、世界まで滅ぼしてしまう。第一章では闇を背に橙の光に包まれて緑の芝の上を花嫁姿でさ迷い、第二章では湿った暗い岩の上で星に呼応して青光りするジャスティンの狂気の物語は、美しく豊かで感動的だった。この映画も、トリアーが引用しまくった狂気のイメージの歴史に、新たな一作として加えられるんじゃないかな。


 


 

  

 


 

 

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2012.04.06

ヤング≒アダルト(2011年)

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メイビスが最後に食べるのはココナッツフレークをまぶしたドーナツ。

 昨年、仕事の関係でTVドラマ「ユナイテッド・ステイツ・オブ・タラ」を見なければならない機会があり、参考のために、同じくディアブロ・コディが脚本を書いた映画『ジュノ/JUNO』も続けて見たら、すっかり彼女のファンになった。人生においてマイナスとしか思えない事柄も(多重人格症や未成年の妊娠)、意外とマイナスじゃない、もしかしてかえってプラスかも? と思えるような、彼女が描く「幸と不幸の境目がなくなる瞬間」が大好き。というわけでディアブロ・コディの新作が来たら映画館に見に行こうと待ちかまえていたら、ジェイソン・ライトマン監督『ヤング≒アダルト』が封切られたので先月、見に行ってきた。楽しみに思うのと同時に、主人公が「もう若くない田舎出身の負け犬女」と聞いて、「もう若くない富山出身の負け犬女」としては「どれどれ(お手並み拝見)」という気分で見たのも本当のところだ。


 


 若者向けシリーズ小説のゴーストライターをしているメイビス(シャーリーズ・セロン)はミネアポリスに暮す三十七歳。かつて人気だったシリーズも終了が決定し、浮かない気持ちで最終回を執筆する日々を送っていた。そんな彼女のもとに、元カレのバディ(パトリック・ウィルソン)から赤ちゃん誕生のメールが届く。最終回の恋の結末の構想を練りつつ、パッとしないデートをした翌朝、運命の恋人を取り戻さなくてはならない気分になったメイビスは、故郷のマーキュリーへ車を飛ばす。さっそくバディと再会し、彼にまだ自分への思いが残っていることを(勝手に)確認したメイビスは、元いじめられっ子のマット(パット・オズワルド)の制止をふりきって、バディの妻のベス(エリザベス・シーサー)のバンド演奏会、赤ちゃんの命名式と誘われるまま突進するが……というコメディである。



 都会に暮す業界人なんだけど、ニューヨークではなくミネアポリス住民。人気シリーズを手がける作家なんだけど、名前は表には出ないゴーストライター。オシャレでゴージャスな美女なんだけど、酔っ払って化粧をしたままベッドになだれ込むだらしない独身女。そんなメイビスに呆れるより共感できるところが多すぎて、大笑いしながら見た。よほどのエリートでない限り、彼女くらいの欺瞞と傲慢は誰にでも思い当たるところがあるのでは? ダイエットコーラの2リットルペットボトルを常飲しつつも、アイスクリームやクッキー、ブラウニーなど甘いものを食べまくる、というのも私がやっていることと同じ。女性の「甘いもの&ダイエット生活」を白日の下に晒してみると、メイビスに劣らないクレイジーな話はゴロゴロ転がっていると思う。甘いものひとつとっても、ディアブロ・コディの目の付けどころは鋭く、彼女が描く「もう若くない田舎出身の負け犬女」は面白かった。



 欺瞞と傲慢にまみれたメイビスは、映画が終る頃には改心して何かを得るのか。成長して故郷を去るのか。予想とまったく違って、最後に待っていたのは、ちょっと震えるくらい感動的な結末だった。あのラストシーンのシャーリーズ・セロンが観客に与える勇気と力強さを何かにたとえるなら、今村昌平監督『豚と軍艦』のラストシーンでひとり横須賀から出て行く吉村実子のガッツに匹敵すると言っていいと思う。そして最後にシャーリーズ・セロンは今までと変わりなくココナッツフレークがふりかけられたドーナツを口にくわえたまま車を発進させる。何故しつこく最後までメイビスは甘いものを食べるのかというと、彼女は相変わらずだらしない女で、自分の欲望に正直な女で、だからこそ他人の欲望も認める女で、他人に同情するなんて失礼なことは絶対にしない女だからなのだろう。



 シャーリーズ・セロンのガッツに敬意を表し、人生初のドーナツを作ってみることにした。子どもの頃に母が作ったドーナツは、余ったホットケーキミックスを丸めて揚げ、砂糖を入れた紙袋に入れて振る、というものしか記憶にない。ドーナツが出てくる映画はたくさんあるのに、レシピはもとより、ドーナツはいつごろから食べられているのか、刑事がドーナツを食べる映画が多いのは起源となった作品があるのかなど、わからないことだらけだ。そこでアメリカの料理について調べるときは必ず目を通すファニー・ファーマー著『The Boston Cooking School』をパラパラ見てみると、一八九六年版には三種類のドーナツのレシピが、一九一八年版には五種類のレシピが掲載されていた。少なくとも一九〇〇年頃には既に、ドーナツは定番のおやつだったことが想像できる。



 一九一八年版の五種類のドーナツは、Wheatless Doughnuts(ライ麦のドーナツ)、Raised Doughnuts(イーストを使ったドーナツ)、Doughnuts1(小麦粉と牛乳のドーナツ)、Doughnuts2(サワークリームとタルタルクリーム=酒石酸水素カリウムを使ったドーナツ)、Doughnuts3(ケーキのように黄身と白身を分けて泡立てたドーナツ)である。初心者は最もシンプルなDoughnuts1に挑戦してみることにした。オリジナルの量では多過ぎるので、その半量で試したが、初挑戦には初挑戦なりの試練が待っている。オリジナルの量で作っていたら、とんでもないことになっていただろうとわかるのは後になってからだ。掲載されていたレシピは下記の通りである。

cake 『The Boston Cooking School』のドーナツ

【材料】
・砂糖 134g
・バター 30g
・卵 3個
・牛乳 240cc
・ベーキングパウダー 4ts
・シナモン 1/4ts
・挽いたナツメグ 1/4ts
・塩 1と1/2ts
・小麦粉 427g


【作り方】
バターを室温でやわらかくして1/2の砂糖を加える。ふんわりするまで卵をよくかき混ぜる。残りの砂糖を加え、先ほどのバターの混合物と混ぜる。3と1/2カップの小麦粉、ベーキングパウダー、塩、スパイスを混ぜてふるいにかける。生地を平らにのばせるくらい十分に小麦粉を加える。混ぜたものの1/3を、打ち粉をした板に打ちつけ、少しこね、軽くたたき、1/4インチ(約6mm)の厚さに引き伸ばす。ドーナツカッターで型を取り、たっぷりの油で揚げる。串で刺して引き上げ、キッチンペーパーで油を吸い取る。ドーナツカッターで型を取った余りを、残りの生地の1/2に加えて平らにのばし、形を作り、前と同じように揚げる。それを繰り返す。ドーナツは早く油の上の方にあがってこなければならず、片側が茶色になったら、同じ温度を保ったまま、茶色の側を上にひっくり返されなければならない。もし冷たすぎるなら、ドーナツは油を吸収するだろう。もし熱すぎたら、ドーナツは十分に火が通る前に茶色になるだろう。油で試してやり方を習得しよう。

book ファニー・ファーマー著『The Boston Cooking School』の一九一八年版より


 オリジナルの半量の材料を混ぜ合わせてみると、ケーキの生地くらいのゆるさだったので、レシピ通り小麦粉を足した。しかし、足しても足しても生地はドロドロのままで、いつのまにかけっこうな量の小麦粉を足していることに気付く(量は不明! これをオリジナルの量で作っていたらと考えるとゾッとするほどの量)。このまま調子に乗って足していると、カチカチのドーナツを何日間にも渡って食べ続けることになると思い、意を決してゆるい生地のままドーナツカッターでくり抜き、慎重に油に投入してみた。揚がったのは、ミスタードーナツのオールドファッションのように固くてどっしりした、パンのようなドーナツである。どこまでゆるい生地に踏み止まれるかに、やわらかいドーナツへの鍵が隠されているのだろうか。そしてクリスピー・クリームのオリジナル・グレーズドのような、ふわふわドーナツを作るにはたぶんイーストを使わなくてはならないのだろう。次にドーナツ映画を見たら、黄身と白身を分けて泡立てる生地にも挑戦してみたい。



 メイビスの故郷である田舎町「マーキュリー」は架空の町だそうだが、彼女が住んでいるミネアポリスといえばプリンスの町、『パープル・レイン』の町だ。伝説のライブハウス「ファースト・アベニュー」と巨大なショッピングモールがあり、森の中をバイクで走れば湖に到着する。すぐ隣には、スコット・フィッツジェラルドが生まれたセントポールがあり、『冬の夢』の舞台となったホワイトベアー湖も近い。『パープル・レイン』やフィッツジェラルドの小説では、ちょっとさえないアメリカ中西部出身の男の子が、南部からやってきた情熱的な女の子と運命の恋に落ちるが、『ヤング≒アダルト』では、中西部にくすぶっているのは野心満々の中年女で、元カレがフィッツジェラルドの主人公のようにロマンティックにいつまでも自分のことを好きでいてくれると思ったら大間違いであることがわかる。しかし現代のミネアポリスの女は、ゼルダのように精神が崩壊することはなく、デイジーのように上流階級の夫の庇護のもとでしか生きられないことはなく、ジュディーのように醜く不幸になるのでもなく、もっとしぶとい。やっぱりディアブロ・コディの作品は新鮮でガッツがあって、描かれている事柄やイメージ以上のものを喚起するので面白い。

 
 

 


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2012.03.10

プロヴァンス物語 マルセルの夏(1990年)

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映画のタルトはもっと明るい色でツヤツヤしてた。

 昨年末、富山の母が魚津市の加積のりんごを送ってくれたので、最後の三個でタルト・オ・ポム(tarte aux pommes)を焼きました。日本のりんご産地最南端がこの加積で(富山県農林水産部のサイト)、他の産地より雪の降り始めが遅いぶん、じっくり完熟させられるため、蜜たっぷりの甘いりんごを収穫できるのだそうです。母は昔から、このりんごが大好きで、毎年どっさり送ってくれます。オープンタイプのりんごパイ・タルトが美味しそう…というと思い浮かぶのは、『ギャルソン!』や『港のマリー』などのフランス映画です。映画の中のタルトは私が普段、食べているものよりたいてい薄くて大きく、その外国規格の形状が、日本では味わえない美味しさと洗練を想像させます。イヴ・ロベール監督『プロヴァンス物語 マルセルの夏』に出て来るタルトも大きく、黄色い実がつやつやしていて、見るからに「幸せな家庭のおやつ」でした。


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マルセル スペシャルエディション [DVD]


 映画の舞台は二十世紀初頭のフランスです。オーベーニュでのマルセルの誕生から回想が始まり、その数年後、マルセイユ近郊のサン=ルーに引っ越したマルセル(ジュリアン・シアマーカ)一家が、母(ナタリー・ルーセル)の療養のためにプロヴァンスのベロン村の別荘で過した夏休みの思い出が描かれます。広大な丘陵地帯で、父・ジョセフ(フィリップ・コーベール)と叔父のジュール(ディディエ・パン)が楽しみに計画していたのは、山うずらやウサギの狩でした。しかし、町の教師である父にとっては初めての経験で、尊敬する父が恥をかくのではないかとマルセルは気が気ではありません。狩猟の解禁日、陰から父を応援するため、父と叔父の後をこっそりつけて行ったマルセルは、途中で道に迷ってしまい……という話です。


 


 戯曲家、詩人、映画監督のマルセル・パニョルの少年時代の回想記が原作で、描かれているのは一九〇三年頃のフランスだと思われます。主人公のマルセルは三歳にして文字が読めた賢い子です。しかし、鼻クソを人差し指の爪で掻き出すのを得意としていたり、臍のボタンを外して赤ちゃんを産むと信じ込んでいたりする、普通の子どもでもあります。そんなあどけないマルセルが、狩に不慣れな父を心配し、丘の上からこっそり後をつけ、丘の上と下で息子と父が平行線を描く画が面白いです。しかし、いつの間にか、獲物を見つけるはずの自分が自然に惑わされ、父の誇りを守るつもりが自分自身の誇りが危機にさらされていることにマルセルは気付きます。父との平行線が崩れてからこそが、マルセルの物語の本当の始まりなのでした。さらに、同じスペインからの移民の子孫でありながら、宗教や自然から離れてしまった父と、熱心なカトリック教徒で狩猟が得意な叔父との対比や、マルセルとは生活も知識も異なるプロヴァンスっ子のリリの存在が、夏休みのささやかな思い出に、歴史や時代の重みを持たせます。


 


 そんなマルセルにとって、お母さんはひたすら美しく優しい“永遠の十九歳”で、大切な恋人のような存在です。実際、お母さんを演じるナタリー・ルーセルがあまりに可愛らしく美しいので、気になって調べてみると、彼女は、『女の都』や『ファニーとアレクサンデル』『ラルジャン』『ノスタルジア』など数々の名作のプロデューサーとして知られるダニエル・トスカン・デュ・プランティエの息子と結婚し、子どもが二人いて、主にテレビで活躍しているのだそうです。しかもダニエル・トスカン・デュ・プランティエは、奥さんをアイルランドのコークの別荘で何者かに殺害された「ソフィー・トスカン・デュ・プランティエ事件」という未解決事件でも有名な人物とのこと。プライベートでもなかなか劇的な人生を送っている女性のようですが、美味しそうなタルトは、そんなナタリー・ルーセル演じる美しいお母さんが、オーベーニュの家でマルセルに食べさせるおやつとして登場します(原作には出てこない)。


 


 どっしりしたクローズドタイプのアップルパイというと昔のアメリカ映画にいっぱい出てきますが、タルト・オ・ポムはどれぐらい古い、定番菓子なのでしょうか? この映画の原作で登場するのは実は「クリームをかけたアーモンド入りのパイ」と「泡雪クリームをかけた杏パイ」です。一八九七年に発表された戯曲、エドモン・ロスタン著『シラノ・ド・ベルジュラック』に出てくる有名なタルトレットの製造法の詩も、中に入っていたのは「杏」でした。 『エリザベス・ゴールデンエイジ』で今よりもさらに下手糞なりんごタルトを作ったときは、十六、十七世紀のイギリスの料理書のりんごタルトについて調べまくっていたのですが、フランスはどうなんでしょうか? なにしろフランス語がわからないので、ヒントを求めて、バーバラ・ウィートン著『味覚の歴史 フランスの食文化 中世から革命まで』(藤原書店)を読んでみました。すると一六五三年に出版された『Le Pâtissier françois』に、りんごタルトの原型が掲載されているようです。


 


 それはtourte d'œuf aux pommesという菓子で、復刻された原書を見てみると、確かに掲載されていました。現在のようなタルトではなく、りんごと砂糖、小麦粉、卵を混ぜたものをトゥルティエールという型に入れ、オーブンで焼く、というもので、タルト・オ・ポムとは違うのですが味は似ていそうです。ではタルト・オ・ポムはいつ料理書に登場するのでしょうか? バーバラ・ウィートンが次に紹介していた、さらに約百年後に出版されたヴァンサン・ラ・シャペル著『現代の料理人』(一七四二年)を見てもパイやベニエのレシピはいっぱい載っているのに、甘いタルトは見当たりません。それがうってかわって、一八〇八年に出版されたムノン著『ブルジョワ家庭の女料理人』を見ると、マーマレードやコンフィチュール、タンバル、シロップ、メレンゲなど甘いものがどっさり掲載されていました。そしてフィユタージュを薄くのばした上にクリームやコンフィチュールを乗せてオーブンで焼いて上から砂糖をふりかける、Tartelettesのレシピを発見!


 


 しかしまだタルト・オ・ポムに辿りつけません。さらに約百年後、十九世紀のレシピをまとめた料理書の決定版というと、オーギュスト・エスコフィエ著『Le Guide Culinaire』(一九〇三年)です。見てみると、タルト生地の作り方は掲載されているのですが、「tarte aux pommes」そのものは載っていませんでした。しかし昼食のメニュー例の中にフルーツタルトが…!


エスコフィエ『Le Guide Culinaire』の昼食のメニューより

オードブル
卵のココット
舌ビラメの悪魔風グリエ
キジのポワレ セロリ添え
フォアグラのパルフェ
秋のサラダ
チョコレートスフレ
フルーツタルト



 それでも、タルト生地のレシピは載っていても、フルーツタルトのレシピは載っていません(シャンピニオンのタルトやアニスのタルトなどはある)。紹介するまでもなく定番だったということなのでしょうか? タルト・オ・ポムについては、またいろいろ調べてみたいと思います。とりあえず私のりんごパイは、『しあわせの雨傘』で紹介したキッシュと同じ生地で作ることができる、リチャード・オルニー著『The French Menu Cookbook』のレシピで作りました。紅玉で作るのがおすすめとよく言われますが、私は普通のりんごで作った酸っぱいタルト・オ・ポムも嫌いじゃないです。下の分量だと、21cmの型だと生地がちょっと足りない感じでした。中力粉を100gくらいにしても大丈夫じゃないかと思っております。


apple リチャード・オルニーのタルト・オ・ポム

【材料】
●生地
・中力粉 83g
・塩 ひとつまみ
・バター 6tbs(3オンス)
・冷水 2と1/2~3tbs 

●フィリング
・ラセット種のりんご 453g
・バター 4tbs
・シナモン ひとつまみ
・卵 2個
・砂糖 100g
・生クリーム 280ml

【作り方】
・小麦粉と塩をふるいにかけたらボウルに入れ、サイコロ状にカットしておいたバターと指かナイフで混ぜる。バターは冷たく固いまま粉によく練り込み、ドロドロのピュレ状にならないよう気をつける。冷水を加えてネバネバのかたまりにしてサランラップで包み、二時間冷蔵庫にねかしておく。
・打ち粉をした板の上で生地の玉に打ち粉をして丸いパティの形にし、すばやく伸ばしてパイ皿かタルト皿に敷く。焼いている間に生地が変形しないようにフォークで生地を数箇所さして穴を開けておく。タルト皿に敷いたパイ生地の上にクッキングペーパーを乗せ、焼いている間に生地が膨らまないようにパイ用重石や渇いた豆、生の米などを置く。 15分ほど175℃~190℃で焼く。重石とクッキングペーパーを取り除いて、さらに3~4分焼く。
・りんごの皮をむき、芯を取ってスライスし、やわらかく半透明になるまでバターで加熱する。ただし、形を崩さないように気をつける。ラセット種のりんごは独特の香りを持っているだけでなく、いい形をしている。
・焼いたタルトの底にりんごのスライスを並べて覆い、シナモンをわずかにふりかける。
・黄色が明るくなるまで、卵と砂糖をかき混ぜる。
・生クリームに混ぜて、タルトに敷いたりんごの上にその混合物を注ぐ。
・卵液が固まり、タルト生地が金色になるまで中火のオーブンで焼く。
・粗熱を取って、温かい状態で給仕する。



 

 

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