1940年代

2012.04.30

港のマリー(1949年)


Tarte01
クールティーヌさんのタルト・オ・ポム・バリノワーズ。

 『プロヴァンス物語 マルセルの夏』日記でタルト・オ・ポムが出てくる映画を思い出していたときに、おととし自分が書いた、マルセル・カルネ監督『港のマリー』日記を読んだら、あまりに無内容で酷かった!(今も変わらないけど)。それで、もう一度『港のマリー』を見たら、やっぱり何を言いたい映画なのか、さっぱりわからない……。同じ「マリー」としては、理解できないまま彼女を捨て置けなかったので、ジョルジュ・シムノンの原作を読んでみることにしました。



 映画は、オディール(ブランシュ・ブリューワ)とシャトラール(ジャン・ギャバン)が、故障した自動車を田舎道で修理するシーンから始まります。オディールは父親の葬式に参列するため、情夫のシャトラールはそのつきそいで、シェルブールからポル・タン・ベッサンへ向う途中でした。父親を失ったオディールの弟妹は伯父に引き取られることになるのですが、十八歳の妹マリー(ニコール・クールセル)だけはポル・タン・ベッサンに残ってカフェで働くといって譲りません。気の強いマリーが気に入ったシャトラールは、港で古い船を買い取り、マリーが働くカフェに頻繁に顔を出すようになります。そんな二人の関係に、マリーの恋人のマルセル(クロード・ロマン)が嫉妬してヤケを起こし、シャトラールが運転する車に飛び込んで自殺をはかるのですが……という物語です。


Marys
シムノン選集〈第9〉港のマリー (1970年)


 ジャン・ギャバンがシャトラールを演じたときは四十五歳。彼と恋に落ちるマリー役のニコール・クールセルは十九歳。ところが映画のジャン・ギャバンはなんだか老けていて、五〇~六〇歳くらいに見えます。そのせいで年齢差を感じさせすぎる二人の関係がどことなく不潔に見えて、スールノワーズ(心の底のわからない子)のマリーが、度を超したスールノワーズに見えてしまったみたい。
 原作を読んでみるとシャトラールは三十五歳でまだ若く、貧しい港町のポル・タン・ベッサンでも小都会のシェルブールでも、シャトラールとマリーだけが他の人々と違う似たもの同士で、惹かれあうことがよくわかります。


 


 『港のマリー』を見ていると、漁師たちが酔うために飲むカルバドス、シェルブールのレストランの女従業員がムシャムシャと手づかみで食べるムール貝、そして葬式後の喪服の食卓に出てくるりんごパイを食べてみたくなります。港町のポル・タン・ベッサンの葬式は、黒のキャスケットに黒いタートルネックという漁師ならではの喪服がちょっとオシャレで、スーラも絵に描いた簡素な石造りの町を葬列の進む様子が厳かで美しいです。



 ところが葬式が終わって家に戻り、格子柄のテーブルクロスがかけられた食卓にマリーが大きなりんごパイを乗せると同時に、叔母はりんごパイを何等分に切るかに夢中になり、叔父はタバコの紙を巻き、姉は子どもと戯れ、人々は今後の計画を乱暴に話し始めてガヤガヤと賑やかしくなります。この聖と俗のコントラストが、ポル・タン・ベッサンの空気を強烈に伝えるのですが、マリーはガヤガヤしている食卓でひとり静かに給仕をし、シャトラールはガラス窓越しに葬列を傍観し、二人だけが周囲から浮いているのでした。


 


 石造りの路地、喪服、整然とした葬列の無機質な世界から、ホカホカ湯気が立つような日常に戻ったときに、画面いっぱいに映る大きなりんごパイは、パイ皮の端がピザのようにぷくっと膨らみ、白黒映画では焦げ目に見えるくらいしっかりと焼き色が付いていました。その上に並べられたりんごのスライスは飴がかけられたようにつやつやと光っていて、こちらも香ばしそうな焼き色が付いています。当たり前に思い浮かべるりんごパイに比べるといびつなのですが、見とれるくらい美味しそう。この美味しそうな大きいりんごパイを見ていると、ポル・タン・ベッサンの生活を田舎臭く息苦しく思いつつも、やっぱり親しみ深く離れがたく、ずっとそこでヌクヌクとしていたい地元の人々の気持ちがわかるような気がします。


 


 しかしそんな魅惑のりんごパイのレシピはわからないので、同じジョルジュ・シムノンが書いたメグレ警視シリーズに登場する料理のレシピを紹介した、ロベール・J・クールティーヌ著『メグレ警視は何を食べるか? フランスの家庭の味100の作り方』のりんごのタルト・バリノワーズ(Tarte aux pommes bas-rhinoise)を作ってみることにしました。この本はもう絶版になっているので、ちょっと現代風でない(?)手順をアレンジしたレシピを以下に紹介してみます。


apple ロベール・J・クールティーヌのレシピを参考にした、りんごタルト・バリノワーズ 

【材料】
(タルト生地)
・バター 120g
・小麦粉 120g
・コーンスターチ 40g
・砂糖 50g
・卵 1個

(フィリング)
・紅玉 2個
・砂糖 50g
・牛乳 1カップ
・小麦粉 大さじ1
・コーンスターチ 大さじ1
・ナツメグ 少々
・卵 1個
・卵黄 1個

【作り方】
・タルト生地用の小麦粉とコーンスターチを合わせてふるいにかけておく
・室温でやわらかくしたバターに小麦粉、コーンスターチ、砂糖、溶き卵を加え、こねすぎないように混ぜて、しばらく涼しいところでねかせる
・生地をのばして20cmくらいのタルト型にしき、フォークで数箇所つついて小さな穴を開けておく
・りんごの皮をむいて半月形に薄くスライスし、バターを敷いたフライパンで火を通す
・タルト生地にクッキングシートを乗せて重石を乗せ、200度のオーブンで15分焼き、取り出してクッキングシートと重石を取り除いて再び5分焼く
・フィリング用の卵と砂糖を混ぜて白くもったりするまで泡立てる
・卵と砂糖の混合物に、フィリング用の小麦粉とコーンスターチをふるいにかけたものと牛乳を加えて混ぜる
・混合物を漉し器で漉して火にかけ、もったりするまで加熱して、カスタードクリームを作る
・焼いたタルト生地にりんごを並べ、その上にカスタードクリームを乗せ、ナツメグをふりかける
・180℃のオーブンで15分焼き、冷めたら食べる

book 参考:ロベール・J・クールティーヌ著『メグレ警視は何を食べるか?』(文化出版局)


Maigret
メグレ警視は何を食べるか?―フランスの家庭の味100の作り方 (1979年)


 ロベール・J・クールティーヌは美食ジャーナリストで、この『メグレ警視は何を食べるか?』のオリジナル本は一九七四年にフランスで発売され、ジョルジュ・シムノン自身が序文を書いています。クールティーヌは料理に詳しいだけでなく、本当にシムノン愛読者でもあるようで、この本のレシピには「港のマリーのスフレ」という創作料理まで掲載されていました。ここで参考にしたりんごタルトは、『メグレと田舎教師』という作品に出てくる田舎医者の妹が作ったタルトをイメージしたもので、『港のマリー』とは関係ないのですが、シムノンと同時代に生きた人が教えてくれるフランスの田舎の家庭のりんごタルトを味わってみたくて作ってみました。


 


 しかし、もったりしたカスタードクリームをたっぷり乗っけるタルト・オ・ポムより、卵液がカリッと焼ける 『プロヴァンス物語 マルセルの夏』日記のタルト・オ・ポムの方が好みかも。次こそは、もっと全体的に焼き色が濃いりんごパイを焼いてみたいです。


 


 

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2011.11.09

三尺左吾平(1944年)

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仙台が舞台の映画にこじつけて作った宮城の郷土料理「おくずかけ」。

 今さら夏の話を書くのもあれですが、七月下旬から八月上旬にかけて、石巻の友人の実家に招待してもらい、旧北上川で行われた慰霊祭と川開き祭りに参加してきました。灯篭流しは何度か経験はありますが、あんなにたくさんの泣いている人に囲まれながら眺める灯篭流しは初めてでした。というわけで宮城を舞台にした映画『三尺左吾平』を見ました。この映画は『青葉城の鬼』『赤西蠣太』と同じく伊達騒動もの。仙台でフリーペーパーや写真集、古地図などを製作している風の時編集部ブログの二〇〇八年四月二十二日の記事によると、空襲で消失する前の仙台城大手門や城下町の豪商だった伊澤家などで撮影されているのだそうです。 『花つみ日記』とはテイストが違いますが、こちらも大変面白い石田民三監督作品です。


Tourounagashi
旧北上川で七月三十一日に行われた灯篭流し。


 身長は三尺(約九十センチ!)しかないのに身の丈よりも長い刀を持ち、足が速くて腕が立つ伊達藩の名物男、左吾平(榎本健一)が主人公です。藩主の綱村がいる江戸の藩邸では、まだ幼い綱村を利用して権勢を振おうとする伊達兵部(進藤英太郎)と原田甲斐(清川荘司)の陰謀と、彼らの専横を阻止しようとする伊達安芸(志村喬)と氏家伝兵衛(黒川弥太郎)らの暗躍が渦巻いています。左吾平はひょんなことから友情を結んだ氏家から形見の品を預かったことで騒動に巻き込まれ…という話です。



 この映画は一九四四年(昭和十九年)六月に製作されたので、藩主のために行動する左吾平を手本として欲をかかず君主に忠義を尽くして戦争に励めという映画なんだろうなあと考えると恐ろしいのですが、そんなのどうでもいいやと思ってしまうくらい面白いところがいっぱいある映画でした。そして本当は“菓子映画”と言いたいくらい、ある菓子がこの映画を締めくくるところが楽しいのですが、書いてしまうとつまんないので実際に見て確認してください。同じ石田民三が監督した『花つみ日記』に出ていた高峰秀子がこの映画にも出演していて、左吾平の親友が彼の家に行儀見習いとして預ける、鼻っ柱の強いお転婆な妹の役を演じて可愛いです。


 

 
 さて、石巻に行ったついでに、この『三尺左吾平』の舞台にもなっている仙台もブラブラしようと思ったのですが、喫茶店で今回の旅の反省会をしていたらあっという間に帰京の時刻になってしまい、仙台はまったく見ることができませんでした。かろうじて駅の地下をブラブラし、綱村に招かれた近江の菓子職人が創業したという菓子屋、九重本舗・玉澤で、東京ではあまり見かけない一杯分パックの「九重」と、弁当コーナーではらこめしを買いました。「はらこめし」と言えば『独眼竜政宗』日記のはらこめしレシピは宮城県の亘理町公式サイトの荒浜婦人会のレシピを参考にして作ったものです。震災後しばらくしてからレシピページの公開が停止されていたのですが、現在は復活しています。


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九重本舗・玉澤の九重。ぶどう味。


 そこでこじつけですが、最近レシピも全然掲載していないので、石巻のスーパーで買った豆麩と温麺を使って作った宮城の郷土料理「おくずかけ」を紹介します。以下は宮城県大崎市にある喜多屋の豆麩のパッケージの裏に書いてあったレシピです。

noodle おくずかけ

【材料】(4人分)
まめ麩 20g
温麺 300g
干ししいたけ 2個
油あげ 1枚
こんにゃく 1/2枚
じゃがいも 1個
片栗粉 大さじ1
しょうが汁 少々
かけつゆ(だし汁カップ16、しょうゆ大さじ5、めんつゆ大さじ6、みりん大さじ2)

【作り方】
(1)まめ麩は、たっぷりの水につけておき、ふっくらと柔らかく戻す。水気を押し絞る。
(2)干ししいたけは、水に浸して戻し、軸を除いて、細く切る。じゃがいもは3mm厚さの短冊切りにする。
(3)こんにゃくは、熱湯で、2~3分ゆでて3mmの厚さの薄切りにする。油揚も、2~3分ゆでて油抜きし、3cm長さの短冊切りにする。
(4)温麺はゆでて、水で洗い、水を切る。
(5)鍋にかけつゆのだし汁を煮立て、調味料を入れ、再び煮立ってきたら、(2)と(3)を入れる。材料が煮えたら(1)と(4)を入れ、水どき片栗粉でとろみをつけ、お好みで、しょうが汁を加える。

喜多屋の豆麩のパッケージのレシピより)

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2010.10.01

簪(1941年)

Suika02
わが家の今年最初で最後のスイカ。愛知産。

 九月中旬、飛び込みセーフで八分の一スイカを買って食べました。私が買った翌日にはスイカは売り場から消えてました。そんなものが美味しいのかはおいといて、正真正銘、今年最後のスイカです。『ディア・ドクター』日記で登場した友人夫婦が教えてくれたスイカ映画が面白かったので、私のスイカ映画はなにかなあと考えて思い出したのは、清水宏監督の『簪』です。



 身延山の参詣客で賑わう下部温泉。納村(笠智衆)は湯の中に落ちていた簪を踏んでケガを負います。平謝りの宿の主人(坂本武)に「簪がお湯の中に落ちていたということは情緒的だとさえ思ってる」という納村の言葉を聞いて、片田江先生(斉藤達雄)、若い夫(日守新一)と妻(三村秀子)、孫の太郎(爆弾小僧)と次郎(大塚正義)を連れた老人(河原侃二)たち湯治客仲間は、簪の落とし主が美人かどうかの話題で持ち切りになります。そこへ簪の持ち主の太田恵美(田中絹代)が東京から謝罪に駆けつけ、納村のケガが完治するまで世話をすることになり……という話です。井伏鱒二著『四つの湯桶』が原作ですが、一九三八年に公開された清水宏監督・脚本『按摩と女』にとても似ています。



 子どもの頃、母と祖母と一緒に、富山県魚津市の北山温泉にたびたび宿泊しました。私は祖母になついてなかったので一緒に旅行するのは億劫だったのですが、北山温泉旅行だけは、祖母の家の横にあった貸し本屋(奇跡的に残ってた)で少女マンガ雑誌を一冊借りて持って行くことを許され、温泉の売店で祖母にオモチャを買ってもらうのが恒例になっていたので楽しみでした。


 


 ある年の夏休みの北山温泉旅行で、私たちの部屋の隣に半纏を着てズボンをはいたお姉さんが泊まっていました。髪が長くて美人で優しくて少女マンガ雑誌を貸してくれるそのお姉さんに、私は夢中になりました。高校生くらいのそのお姉さんは足をひきずっていて、私たちが泊まりに来る前から温泉にいて、私たちが去った後もまだしばらく滞在する気配でした。私は、山の中の寂しい温泉に残る美しいお姉さんが気がかりで心が痛んでしょうがありませんでした。しかもお姉さんから借りた雑誌に載っていた、ライバルの寵姫をだるま状態にして壷に入れ、その中に汚物や虫を入れて拷問する西太后(呂后?)の残酷少女マンガを読んで、私はますます人生の厳しさを思い、暗澹たる気分になったものでした。



 そんな経験から、私にとって温泉はちょっと暗さを伴う場所として思い起こされます。リッチなホテルや外国旅行など無縁だった子どもの頃は、パッとしない宿で普段は会う機会のない、あんまり幸せそうじゃない人とすれ違う体験こそが旅で、子どもながら人生の重さのようなものを垣間見て、ほんの少し大人になって旅から帰ってきてたような気がします。清水宏の映画に出てくる温泉は、まさに私の旅情のイメージにピッタリです。


 


 田中絹代は何故そんなに人気女優だったのか、いまだによくわからないのですが、フジテレビのめざましテレビで、退社する高島彩アナウンサーの映像を畳み掛けるように見せられてアッ!と思いました。田中絹代は鼻と口のあたりが高島アナによく似てるのではないでしょうか。あの齧歯類のような可愛らしい動き。『簪』はそんな可憐で可愛らしい田中絹代が笠智衆を軽々と……。そのシーンだけでもビックリするので、見ておいたほうがいいと思います。そのシーンも含め、粗末な一本の橋の上で、いろんなドラマが起きる映画でした。


 


 開け放した窓から山並が見える宿の部屋で、田中絹代と太郎と次郎がスプーンですくって食べているのがスイカでした。そこへ田中絹代が妾として暮らす東京の家の女中から電話がかかってきます。電話の内容が理解できているのかいないのか一心不乱にスイカを食べる少年たちに、田中絹代は「種食べちゃダメよ。盲腸になるから」と優しく言います。そして自分のスイカの残りを太郎に譲り、水商売仲間の菊(川崎弘子)に東京へ帰らない旨の手紙を書くのでした。



 湯治客仲間みんなで卓袱台を囲んでメロンのようなものを食べるシーンもありました。男優陣は豪快にかぶりつき、女優陣だけがスプーンを使っていました。メロンを食べながらみんなで定期的に会合を開こうと盛り上がるのですが、組長に決まった片田江先生が調子に乗り、宿の食事についての演説が始まります。賛同を求める先生に困り、みんな黙々と下を向いてメロンを食べる様子がユーモラスです。先生の演説は下の通りでした。当時の旅館の食事がなんとなくわかって興味深いです。今だと刺身に焼き魚に天ぷらとフライとステーキが付いたりして山も海もなく、“ご馳走”が暴走していて、それはそれで面白かったりします。

「朝は味噌汁、卵に海苔にお新香 昼はそば、うどん、そうめんの代用食 ま、これはまあいいとしてですね 問題は夜ですよ まず刺身、焼き魚、蒲鉾のお吸い物、お浸しとこれはもうほとんど判で押したように決まっている 毎日のあのお膳 あれはもう形式だけ、毎日同じものじゃ見ただけで箸が動きませんよ 山へ来てね、海の魚を食いたいとは思いません 山には山の幸があるはずですよ どうです、みなさんのご意見は」


Gochisou
暴走するご馳走の例。こういうの大好き。




 


 


 


 


 


 


 

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2009.09.12

幽霊と未亡人(1947年)

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1861年のレシピで作ったパウンドケーキ。

 『イヴのすべて』『三人の妻への手紙』と同じくジョセフ・L・マンキーウィッツ監督作品。脚本はフィリップ・ダンです。主演のジーン・ティアニーはきれいでした。でも時々、左幸子に見えたのは私だけでしょうか。もちろん左幸子も大好きです。



 19世紀から20世紀へと移り変わろうとしているロンドン。夫と死別したルーシー(ジーン・ティアニー)が幼い娘のアンナ(ナタリー・ウッド)とメイドのマーサ(エドナ・ベルト)を連れて、うるさい姑・小姑と一緒に暮らした家を出るところから物語が始まります。新居としてルーシーはホワイトクリフにある格安の家に目をつけるのですが、グレッグ船長(レックス・ハリスン)の幽霊が出るため誰も住まない家であることがわかります。大らかなルーシーは幽霊をものともせず、グレッグ船長もそんなルーシーが気に入ります。ところがルーシーの唯一の財産だった株が暴落し、家賃の支払いにも困るようになり、立ち退きを迫られます。グレッグ船長はルーシーを助けるために自分の冒険物語を彼女に語って聞かせ、ロンドンの出版社に売り込ませる、というお話です。ロンドンの奥様と荒くれ者の船長という組み合わせの凸凹ぶりは、英語がわかれば、きっともっと面白いのでしょうね。

 幽霊の登場シーンが白黒映画ならではの美しさでした。主人公を肉体のない幽霊と中年女性にすることでしか描けない男女の関係は、前半は笑って後半はじんわり感動します。単なる映画のファンタジーじゃなく、ここにも男女の一つの真実があるのではないでしょうか。

 イギリスのお話らしくお茶はやたら出てくるけど、食べ物はなかなか出てこないなあと思っていたら最後に出てきました。成長した娘のアンナ(ヴァネッサ・ブラウン)が恋人を連れて大学から戻ってきたときに、母子二人がずっとお互い隠してきたことを初めて告白し合うというシーンがあるのですが、そのときに彼女たちがお茶菓子用にズッシリしたパウンドケーキを切るのです。

 クラシックなパウンドケーキはどのようなものだったのかと、またもや1861年に出版されたイギリスの料理書『MRS. BEETON'S BOOK OF HOUSEHOLD MANAGEMENT』を調べてみました。約150年前の本なのに、現在の作り方とほとんど変わらないことに驚きます。当然と言えば当然なんでしょうが。本物は卵を8個も使うレシピで多すぎるため、私は1/4くらいの量で作りました。家庭用の定番菓子のレシピは、さすがにちょっとやそっとのアレンジや間違いでは失敗しないようにできているところに歴史を感じます。



cherry ビートン夫人のパウンドケーキ
【材料】
(1ポンド=453g 1オンス=28.35g)
・バター 1ポンド
・小麦粉 1と1/4ポンド
・砂糖 1ポンド
・ほしぶどう(currant) 1ポンド
・卵 8個
・オレンジやレモンのピール 1/4ポンド
・スイートアーモンド 2オンス

【作り方】
・ピールを細かく削る
・オレンジ、レモン、シトロンなどのピールの量を同じにする
・アーモンドに火を通し、こまかく砕く
・小麦粉をふるいにかけ、ピールとアーモンドを加える
・バターを軽いクリーム状になるまで手で泡立てる
・バターに砂糖を加えてさらに混ぜる
・卵を1個つずつ加え、その都度よく混ぜる
・すべての材料を入れたら小麦粉を加えて混ぜる
・必要なら牛乳を少し使って濃度を調節する
・白いグリースペーパー(クッキングペーパー)を底と側面に貼った丸い型に流し込む
・よく温めておいたオーブンで1.5~2時間焼く
(火力は書いてありませんでした。現在だったら180℃で55~60分くらい?)
・好みで材料に一杯のワインを混ぜてもいい

↓私はほしぶどうをそんなに大量に食べたくないので、量と材料をアレンジしました
※18cm×6cmの型1個分
・バター 80g
・サワークリーム 50g
・小麦粉 140g
・砂糖 110g
・卵 2個
・すりおろしたレモンの皮 30g
・アーモンド 15g


Poundcake03
どっしり、みっしりしたタイプのパウンドケーキです。

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2009.08.10

三人の妻への手紙(1949年)

Canape02
セルマ・リッターがカナッペを作ってました。

 『悪魔のような女』『イヴの総て』『ショーガール』など女性2人主人公シリーズに続き、女性3人が主人公の映画です。『イヴの総て』と同じジョセフ・L・マンキーウィッツ監督作品です。



 ボランティア活動でピクニックに出掛けた妻たち、デボラ(ジーン・クレイン)、リタ(アン・サザーン)、ローラメイ(リンダ・ダーネル)3人に宛てて、夫たちの女友達であるアディから「3人のうちの誰かの夫と駆け落ちします」という手紙が届きます。妻たちは夫と幸せそうに豊かに暮らしていましたが、手紙をきっかけにそれぞれの秘めた悩みが明らかになります。デボラは田舎の農家出身で、軍隊で知り合ったブラッド(ジェフリー・リン)と結婚しましたが、上流階級の夫との生活になじめません。貧乏な美術教師のジョージ(カーク・ダグラス)と結婚したリタは、上流社会の生活を維持するためにラジオの脚本の仕事をたくさん引き受けて、夫をないがしろにしています。電車が通る度にガタガタ揺れる貧乏な家に住んでいたローラメイは金持ちのポーター(ポール・ダグラス)と結婚しましたが、金目当てで結婚したと思われているのではないかと素直になれません。それぞれが「駆け落ちするのは自分の夫かも」と思いながら家に帰ってみると……というお話です。

 とどのつまりは3人の妻たちの上流階級へのコンプレックスを笑うコメディでした。アメリカの白人社会の階級の微妙な差について私はよく知らないので、地元のクラブでの社交とか、自宅での客のおもてなしとか、結婚までの駆け引きとか細かな話が面白いです。

 リタの回想で、仕事のチャンスをつかむために、広告業界の大物、マンレイ夫人(フローレンス・ベイツ)を自宅に招待するというシーンがありました。リタは上流階級にふさわしいご馳走、服装、言葉使いを使用人のセイディ(セルマ・リッター)に強要します。そんなやり取りが行われる台所に登場していたのはカナッペでした。カナッペは映画やドラマで「放置されて乾いて誰も食べない」と悪し様に言われることが多いですよね。でも、この映画では張り切っているリタがセルマ・リッターにたくさん作らせてます。映画の中では繊維が残る茶色いペースト状のもの(白黒映画だけど)を小さなパンに乗せていました。ペーストといえば最近、ポークリエットを手作りするのが流行っているようで、レシピがたくさん出回ってますよね。私も作ってカナッペにしてみました。う、うまいです!

 そして、お客を迎える準備で必死になっているリタは、アディから届いたプレゼントを見て、今日が夫の誕生日であることに気付きます。呆然としたリタは、セイディに「もしかしてデザートはレイヤー・ケーキを作ってない?」 と聞くのですが、セイディは「チェリー・ジュビリーを作っていることをあなたも知っているはずですよ。あなたが私に本を読んで聞かせてそれを作らせたのですから」と言います。アメリカも誕生日ケーキと言えば日本と同じ、レイヤー・ケーキなんですね。

 そしてチェリー・ジュビリーって何だろう?と調べてみて気付きました! 『父親たちの星条旗』に出てきた、バニラアイスに赤い果物のソースをかける菓子は、もしかしてチェリー・ジュビリー(Cherries Jubilee)だったのではないでしょうか。

 チェリー・ジュビリーは、1887年にビクトリア女王の在位50年を祝って作られたお菓子なのだそうです。と、『エスコフィエ自伝』(中公文庫)に書いてありました。そしてオーギュスト・エスコフィエが1902年に出版した分厚い本『エスコフィエ・フランス料理 Le Guide Culinaire』にレシピが書いてあります。英語版は1959年に出版されたそうなので、リタはフランス語版を見て研究したのではないでしょうか。リタの張り切り具合がよくわかります。ちなみにカナッペのレシピも載ってました。カナッペのパンの厚さは5mmを越えてはならず、澄ましバターで揚げるか金網であぶるんだそうですよ。



Guide

エスコフィエフランス料理



ポーク・パテ・ピカン(125g)バスク豚

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2009.07.12

ジェーン・エア(1944年)

Hotpot02
質の悪い馬鈴薯と古くさい肉の異様な薄切れのごたまぜ煮?

 今さらですがシャーロット・ブロンテの『ジェイン・エア』を読んだので、映画も見てみました。ジェーン役はジョーン・フォンテイン。ロチェスター役はオーソン・ウェルズ。ジョーン・フォンテインは、美人ではないという設定のジェーン役を演じるのはどうなの!?という意見があるのもわかる美しい人です。私はいつも若い時の司葉子を見ると、和製ジョーン・フォンテインだなあと思ってしまいます。そういやジョーン・フォンテインって、美人なのに何故か『レベッカ』とか『断崖』とかでも内気でビクビクした女の子を演じてますね。監督はロバート・スティーヴンソンです。



 お話はかなり変えてありました。長い原作を映画化するにはしかたのないことなのでしょう。とにかく時間がないので、食べ物がゆっくり登場している時間もありません。唯一ちゃんと映像化されていたのは、ジェーンが入学する寄宿学校、ローウッド学院のまずそうな食事でした。ジャガイモと謎の物体……。しかもジェーンのジャガイモは隣の生徒に奪われてしまいます。謎の物体は原作にあった下記のようなイメージなのではないでしょうか。

 昼食は二つの大きな錫張りの器に盛られて厭な強烈な脂の匂いが湯気だっていた。この食物は質の悪い馬鈴薯と古くさい肉の異様な薄切れとをごたまぜに煮たものであった。(『ジェイン・エア』上巻 訳:遠藤寿子)

 原書でもこのまんまなので、何の料理かはまったくわかりません。そこでイメージだけでも摑むことができればと思い、ビートン夫人が家事一般についてまとめた本『MRS. BEETON'S BOOK OF HOUSEHOLD MANAGEMENT』を参考にしてみました。シャーロット・ブロンテは1816年から1855年まで生きた人で、『ジェーン・エア』は1847年に出版されました。ビートン夫人の本の初版は1861年です。豊かな家庭と貧乏な寄宿学校の差はあると思われますが、料理法はほぼ同時代でなにかしら通じるものがあるのではないかと思われます。



 ビートン夫人の本は、もてなしのマナーからレシピ、テーブルセッティング、召使の扱い方まで、“ビクトリア朝時代の栗原はるみ”という感じで、約2000ページに渡って家事一般についてまとめてあります。ちなみに著作権が切れているのでInternetArchiveで、1907年に出版された新版が無料でダウンロードできるんですよ。便利な世の中ですよね。図版もカラーです。


 とりあえず入手しやすい牛肉の料理をチェックしたのですが、牛だけでも130個ものレシピが掲載されていました。もちろん羊、豚、鳥など他にもいっぱいあるわけです。そして牛肉とジャガイモを使った料理も「beef frizzled」「bubble and squeak」「sliced and broiled beef」などいろいろありました。結局よくわからないので、耳にしたことのある「hotpot」という料理を作ってみました。牛肉とジャガイモと玉葱を層にして重ねて塩こしょうしてオーブンで焼くだけです。「そんだけ!?」というシンプルさなのに、これがとても美味しい!


Hotpot01
ビートン夫人のレシピで作ってみたホットポット。シンプルで美味しい。


 この映画で私が大満足した点は、ロチェスター氏をオーソン・ウェルズが演じたことに尽きます。世の中、草食男子だの弁当男子だのメガネ男子だのが流行っているようですが、私は断然、男らしい男子が一番。オーソン・ウェルズは厳つい顔で声も態度もデカイので、傲慢で皮肉屋のロチェスター氏にピッタリです。はだけた白シャツから見えた胸毛もセクシーでした。チリチリパーマに黒すぎる肌のメイクが怪人すぎやしないかと気になりましたが……。

riceball ビートン夫人のhotpot
【材料】(lb=454g) 7、8人分
・赤身の牛肉 1lb
・じゃがいも 2~3lb
・玉葱 1/2 lb
・塩こしょう

【作り方】
・肉は脂を取り除き、8~10等分する
・玉葱は薄いスライスに、ジャガイモは3~4等分に切る
・陶器の皿の底にジャガイモを敷いて層を作り、その上に同様に肉の層、玉葱のスライス2、3個を敷いた層を作り、塩こしょうで味付ける
・材料を全部使いきるまで同じように層を重ねる。一番上の層はじゃがいもで作る
・冷たい水で皿を満たす。もし後で表面が渇いたら足してもよい
・greased paperで覆い、ゆっくり2時間焼く
※greased paperがわからなかったので、アルミホイルで代用しました
※私は2人分くらいしか作らなかったので1時間半くらい焼けば十分でした
・料理した皿に入れたままで食卓に出す

火加減が明記されていないのですが、こちらの動画「How To Make Lancashire Hotpot」 は195℃で1.5時間焼いて、いったん表面にバターを塗って再び30分焼いてます。とにかく一番上のジャガイモが茶色になればOKじゃないでしょうか。

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2009.01.20

大いなる遺産(1946年)

Porkpie01
ちょっと焦げました。セージ、タイム、オールスパイス入りのポークパイ。

 新井潤美先生の本を読んだら、アメリカ人のウディ・アレンの『マッチポイント』どころではなく、もっと複雑で芸の細かい「格差ネタ」がイギリスの伝統としてあることがわかり、とても面白かったです。映画には自分がまるで知らない国のことを知ることができる楽しさがありますが、やっぱりその国の言語とか生活習慣を知ってた方がさらに深く楽しむことができますよね~、という当たり前のことを痛感させられる本でした。
 新井潤美先生の本にも出てきた、チャールズ・ディケンズ原作、デヴィッド・リーン監督のイギリス映画『大いなる遺産』を見ました。この映画でなんといっても印象的な食べ物は、少年ピップが脱獄囚のマグウィッチに脅されて、家の戸棚から持ち出すポークパイです。これがゴロッとしていて高さがあって、なんとも美味しそうなんです。そのゴロッとしたポークパイにマグウィッチがかぶりつく姿を見て、さらにヨダレが……。
 戸棚に入っていたのは、ピップの姉が翌日の夕食の最後の楽しみとして客にふるまうためで、大人たちが子供のようにはしゃいで「a savoury pork pie」より美味しい料理はないと言うのもおかしかったです。「肉のパイ」と聞くと、出来立て熱々で食べた方が美味しいんじゃないの?と思ったりしますが、私が見つけたレシピもちゃんと一晩置いて冷まして食べろと書いてありました。
 イギリスのポークパイはどうやって作るんだろう?と調べた結果、参考にしたのは「How To Make Melton Mowbray Pork Pie」という動画です。肉とラードたっぷり、最後にゼラチン入りのチキンスープを注入して冷まして食べる感覚がどうも理解しがたいのですが、実際に作って食べるとなんとなく…、なんとなくの気持ちはわかりました。でも一緒に食べてくれる人がいっぱいいる日でないと作れない料理です。現地で本物を食べてみたいものです。
 ちなみに舞台を現代のアメリカに移して翻案した、イーサン・ホーク主演の『大いなる遺産』(1997年・アメリカ映画)でピップはマグウィッチに何を渡したのかが気になって見てみると……。しわしわの不味そうなサンドイッチでした。

Porkpie02
中のお肉はソーセージ? シーチキン?ぽい感じ。

Greatexpectations
大いなる遺産 [VHS]

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