2000年代

2012.07.02

ジェイン・オースティンの読書会(2007年)

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わが家のブラウニーにはマリファナは入ってません。

 
 ノラ・エフロンが亡くなってしまいました。
 大人の女性になって『アニー・ホール』を改めて見たとき、あのマニッシュで素敵なファッションと裏腹に、アニーがあまりに空っぽなことにショックを受け、つくづく思ったのはノラ・エフロンって偉いなってことでした。『アニー・ホール』の約十年後、ウディ・アレンに物申すように「It had to be you」が流れるロマンティックコメディの脚本を書いて、アニーの百倍がんこなサリーを大の人気者にしたノラ・エフロンは、本当に賢くて面白くて立派! 『シルクウッド』『ジュリー&ジュリア』以外は、男性映画ファンがバカにするラブコメと女性映画ファンが煙たがるドタバタコメディばっかり作ったので、ノラ・エフロンは軽く見られがちのような気がしてならないけど、知的で辛辣で軽やかで洒落ていて尊敬していました。


 


 近頃は「ノーラ・エフロン」で統一されているみたいだけど、昔の小林信彦のエッセイなどでは「ノラ・エフロン女史」なんてよく書かれていたし、『ハートバーン』や『ママのミンクは、もういらない』などの著書では「ノラ・エフロン」と書かれているし、ずっと「ノラ・エフロン」って言ってたから、もう、そう書いちゃう。過去の日記で、『ジュリー&ジュリア』のブフ・ア・ラ・ブルギニヨンを、『奥さまは魔女』のココナッツ・シュリンプを、『ミックスナッツ』のフルーツケーキを作ったように、彼女の脚本・監督・プロデュース作品はたぶんすべて見てるんじゃないかな。著書も手に入るものはひととおり読んでいるはず。


 


 そして、ちょうどこの『ジェイン・オースティンの読書会』を見ながら、ノラ・エフロンの次の監督・脚本作はイギリスのTVドラマ「ジェイン・オースティンに恋して」の映画化なんだよね、と楽しみにしていたので本当に悲しいです。現代女性が『高慢と偏見』の世界に迷い込むファンタジーコメディ(?)をノラ・エフロンがどんな風に撮るのか、見たかったな。ジェイン・オースティンの長編処女作にして死後に出版された『ノーサンガー・アビー』の中には下記のような文章があり、なんだかノラ・エフロン作品みたいで、約二百年前の女性が書いたとは思えず笑ってしまいました。



ふたりはポンプ・ルームを歩きながら楽しいおしゃべりをしたが、もちろん話題は、若い女性をあっという間に仲良しにしてしまう話題、すなわちドレス、舞踏会、恋のたわむれ、そして奇人変人の噂などだった。(中野康司訳『ノーサンガー・アビー』より)


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「ジェイン・オースティンに恋して」


 そしてノラ・エフロンも、『ユー・ガット・メール』でエルンスト・ルビッチ監督『桃色の店/街角』をリメイクしたときに、ジェイン・オースティンの『高慢と偏見』も下敷きにしていたので、ジェイン・オースティンのファンだったはずです。ジェイン・オースティンとノラ・エフロンのカップリング、そしてもちろん他にももっといろいろ。見てみたかったな。


 


 というわけでジェイン・オースティンのファンでもあるので、カレン・ジョイ・ファウラー著『ジェイン・オースティンの読書会』が発売されたときはすぐ買いましたが、未読のままになっていました。それが五月末の韓国旅行の前になにげなく読み始めたら止まらなくなって、飛行機の中でもこの本を読んでいました。「十九世紀のイギリスの女性が書いた本を読む現代のアメリカの女たちの話を韓国で読む日本の女」が私。脚本を書いて映画化したロビン・スウィコードという監督は、脚本家のニコラス・カザンの奥さんで、名前からわかる通り、ニコラス・カザンはエリア・カザンの息子。二人の娘が『レボリューショナリー・ロード』でオッパイを出していたゾーイ・カザンということになります。


 


 年齢も職業も性格も異なる六人が、ジェイン・オースティンの読書会を行う、という映画です。長編六作品の中から、人生経験豊富なバーナデット(キャシー・ベイカー)が『高慢と偏見』、独身のドッグブリーダーのジョスリン(マリア・ベロ)が『エマ』、フランス語教師のプルーディー(エミリー・ブラント)が『説得』、夫と離婚したばかりのシルヴィア(エイミー・ブレネマン)が『マンスフィールド・パーク』、シルヴィアの娘でレズビアンのアレグラ(マギー・グレイス)が『分別と多感』、そして唯一の男性でSFおたくのグレッグ(ヒュー・ダンシー)が『ノーサンガー・アビー』と、それぞれのホストとなり、読書会のための場所と軽食を提供します。読書会が進むうちにそれぞれに訪れる人生の特別な局面が、どことなく微妙にジェイン・オースティン作品と重なるように描かれるのが見所です。


 


 ずるい…! 原作では「まつ毛が長い」くらいのアピールだったSFおたくのグレッグを、ヒュー・ダンシーが演じるなんてずるい! 『二十五年目のキス』日記で罵った『お買い物中毒な私!』では、就職した会社の若くてヤリ手のハンサムな上司がヒュー・ダンシーで、自分を高く評価してくれる上に恋仲になって、しかも実は彼はイギリスの大金持ちだった…、なんて話がうますぎた! それが今度はジェイン・オースティンの読書会にヒュー・ダンシーが来るなんて。ライオンの群れにお肉を放り込むようです。お肉はどうなるか? その展開にジェイン・オースティン要素(特に『エマ』)が絡ませてあるところが楽しいです。そのほかの五人の恋愛模様も同様にジェイン・オースティン要素を巧妙に絡ませて描かれるのだけど、映画はさすがに六人のエピソードを丁寧に描くには時間が足りないのが残念! 


 


 原作はホスト役が読書会でふるまう食べ物も細かく書かれています。サン・ティーやピーチマルガリータなどのドリンクから、ワインが出てくる場合はプティ・シラーやグラフィナ・マルベック、ボニー・ドゥーン・ヴィンヤードの白ワインなど、ホストがどんなものを選んだのかもちゃんと教えてくれます。軽食もクレム・ド・ミント入りのスクエアクッキー、干しクランベリーとクルミの砂糖がけをあしらったグリーンサラダ、ホムスやアーティーチョークを使ったものなど数種類のディップ、ルートビア・フロスト、ペッパークラッカー、自家製ストロベリーシャーベット、シュガークッキーなど、ちょっと気になるものばかり。それぞれに人柄が表れている「おもてなし」の中身がチマチマ描かれているのもこの小説の楽しいところなのだけど、映画は時間が限られているから食べ物に原作ほどの存在感はありません。ふと、食べ物を使って人間を描くことが上手だったノラ・エフロンならどうしたかな? と想像してしまったのは正直なところです。


  


 


 プルーディーの母親(リン・レッドグレイブ)がテレビを見ながら食べているのがブラウニーなのですが、原作には出てきません。真面目な高校教師のプルーディーとは正反対で、母親は元ヒッピーのだらしない女。プルーディーが家に帰ると、部屋はメチャクチャ、台所は汚れっぱなし、床の上に直にブラウニーの型が置かれてカーペットが焦げているのに、母親は平然とテレビを見て笑っています。母親の意識がちょっとふわっとしている様子から察するに、ブラウニーにはマリファナが入っている? 『ノッティングヒルの恋人』『人喰いアメーバの恐怖2』『25年目のキス』日記でしつこくブラウニーを作ってきましたが、アメリカの映画やドラマにおける「ブラウニーといえばマリファナ」という表現の多さには本当にびっくりします。ジェイン・オースティンと深い関わりがあるわけでもない菓子ですが、せっかくブラウニーが出てきたので『25年目のキス』日記で失敗したレシピの分量を半分に減らしてリベンジしてみました。もちろんわが家のブラウニーにはマリファナは入ってません!


cake ポール・A・ヤングさんのブラウニーのリベンジレシピ

【材料】
・無塩バター 50g
・ゴールデンカスターシュガー 125g
・ゴールデンシロップ 37.5g
・70%ダークチョコレート 137.5g
・放し飼いの鶏の中くらいの卵 2個
・中力粉 35g
・ココナッツフレーク 25g
・ドライチェリー 50g

【作り方】
・オーブンを170℃に余熱する
・大きなソースパンで、バター、砂糖、シロップが滑らかになるまで溶かす
・火を止めてチョコレートを加え、よく混ぜる
・卵を溶いてチョコレートの混合物と混ぜ合わせる
・小麦粉、ココナッツを加え、十分に混ぜる
・クッキングペーパーを敷いた15cm×20cm×2.5cmのトレイに注ぎ、平らにならす
・チェリーをブラウニーの表面に散らし、30分間焼く
・オーブンから出して冷まし、一晩冷蔵庫で冷やす
・型から出して、ペーパーを取り除き、濡れたナイフを使ってブラウニーの端を切り落とし、好きなサイズの四角形に切る
・食べるときは室温もしくは温める
・密閉容器に入れて冷蔵庫の中で4日間保存できる

bookポール・A・ヤング著『adventures with chocolate』より



 『25年目のキス』日記のレシピの分量を半分に減らし、焼く温度を170℃に上げてリベンジ。ゆるゆるな感じはなくなったけど、やはり濃厚なチョコレートの塊を食べている感じ。これはこれで羊羹みたいでコーヒーや紅茶のお供にいいかも。自分の好みとしては一晩おいただけだとちょっとまだなじんでない、卵の生臭さみたいなもの?が気になったので、二晩くらい冷蔵庫においてちょっと締まった感じになったくらいが好きでした。しかしもうちょっとチョコレートの塊とケーキみたいなパフパフの中間ぐらいな感じにならないかな。ブラウニー研究はまだまだ続きます。


 

 

 


  


 


 

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2012.06.12

子猫をお願い(2001年)

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久々に見たらマンドゥ映画だった!

 歴史に残る名作かどうかや、どこの国で作られたかなんてことは、「私の映画よ!」って思えるかどうかにあんまり関係ないものです。韓国にも私の映画だなあって思える作品がありそう! と思ったきっかけが、ポン・ジュノ監督作品とこの『子猫をお願い』だったので、五月末の韓国旅行から帰ってきて、もう一度見てみました。泊まったホテルが『子猫をお願い』のロケ地のファッションビル「Doota」の近くだったのが嬉しくて、どんなシーンだったのか確認したかったのもあります。何度目かの鑑賞は、韓国の空気にわずかながら触れてきたせいで以前よりもソウルと仁川の差が鮮明に感じられ、五人の女の子の物語にかつてないほどに胸がいっぱいになってしまいました。この映画を撮った女性の監督、チョン・ジェウンさんは今どうしてるのかな? 偏愛映画の一本です。



 主人公は仁川の商業高校を卒業した仲良し五人組の女子。彼女たちは卒業後、ばらばらの道を歩んでいます。テヒ(ペ・ドゥナ)は強引な父親に実家のサウナを手伝わされながらボランティア活動を続け、ヘジュ(イ・ヨウォン)はコネで入った会社で大卒の女性部長のアシスタントとして働き、祖父母と貧民街で暮らすジヨン(オク・チヨン)は仕事が見つからず、中国系移民のピュ(イ・ウンシル)とオンジョ(イ・ウンジュ)の双子は家計を支える母が中国で働いているため家族ばらばらで暮しています。そんな五人がヘジュの誕生会で久々に集まり、ジヨンがヘジュに大事な子猫をプレゼントするのですが、ヘジュは翌朝にそっけなく子猫を返してしまいます。ジヨンにもヘジョにもそれぞれの複雑な事情がありながら、互いの生活が違いすぎて悩みを打ち明けられず、五人はどんどんすれ違っていきます。そんなさ中、ジヨンの家に事件が起き…という物語です。


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dootaの本物が見られて感激した。


 久々に見ると、記憶以上に「食べ物」映画でびっくりでした。真夜中に電子レンジで薬を温めているお母さんの不気味さとか、キムチを切る包丁を持ったまま客の応対をする女の子の危なっかしさとか、生活の中の不穏な空気の描き方が面白いのは女性の監督ならでは?


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仁寺洞にあった漢方のお店。


 テヒの一家は一見なんの問題もなさそうに見えるのですが、娘をいいように使うだけで誰もテヒの将来を真面目に考えていません。楽しそうな一家団欒の食卓シーンが何度も出てくるものの、テヒはとうとう一度もその団欒に加わることはありませんでした。家族でTONY ROMA'Sに食事に行くシーンも、ガハハと勝手に注文してしまうお父さんの強引さが明らかになるだけです。一方、お母さんは最初から最後まで存在感が薄いのですが、唯一、真夜中に白磁の器に入れた漢方薬を電子レンジで温めているシーンにはドキッとさせられます。真っ暗な部屋の中で蠢くお母さんの姿を、テヒは自分の未来の姿のように見たのではないでしょうか。そういえば『母なる証明』のお母さんも漢方薬店に勤めていましたが、あちらはうってかわって存在感が濃厚すぎるお母さんでした。



 ヘジュはジヨンにいつでも昼食をおごってあげると言ったにも関わらず待ちぼうけをくわせ、さんざん遅れておきながら駆けつけたときにフランスパンを持っているのが印象的でした。高校時代は美人で人気者だったのに、社会に出て小さな挫折を繰り返しているうちに、自分のことしか見えなくなってしまっているヘジュ。フランスパンには彼女の身勝手さや見栄やプライドや強がりやいろんなものが詰まってそうに見えます。ソウルは日本以上のカフェブームだったので街中にパン屋さんがいっぱいありました。特によく見かけたのは「パリバゲット」というチェーン店。そして三清洞の近くに美味しそうなパン屋があったので、入ってみようかと思ったら、エリック・カイザーの店でした。ソウルでは「メゾン・カイザー」ではなく「エリック・カイザー」で出店するんですね。


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三清洞の近くにあったエリック・カイザーの店。


 ジヨンを取り巻く食べ物はいつもおばあちゃんと一緒。おばあちゃんがチョンガ(韓国ミニ大根)のキムチを噛み切れなくて、いつまでもモガモガやっているのを、切ってあげようとジヨンが包丁を取り出すシーンなんて、おばあちゃんに対するジヨンのたっぷりの愛情、優しさ、可笑しさ、もどかしさ、イライラ、ほんのちょっとの殺意みたいなものが絡まりあっていて単純ではありません。そして、内向的なジヨンが後半で見せる抵抗の表現も、しっかり食べ物に関係しているのが面白いです。やっぱり韓国映画の食べ物は面白いなあと唸ってしまいました。なぜこんなに面白いのでしょうか!?



 そのようにいろんな食べ物が出てくるなか、貧乏なジヨンのおばあちゃんがテヒに「孫の友だちが家に遊びに来てくれたのは初めて」と言って、精一杯のごちそうのマンドゥを次から次へと食べさせるシーンが忘れられません。おばあちゃんのマンドゥも含めて、テヒはこの映画の中で三回マンドゥを食べるのですが、どのマンドゥもそれぞれに違っていて意味があって、この作品に欠かせません。マンドゥ映画と言いたいくらいです。



 マンドゥは旅の予定になかったのですが、三清洞の近くの黄生家(旧・北村)カルグッスにカルグッスを食べに行ったら、店頭でマンドゥ作りのデモンストレーションをやるくらいマンドゥをアピールしていたので、もちろん食べてきました。直径八センチくらいの大ぶりで、七個で八〇〇〇ウォン(だいたい580円くらい)。「大きいのにペロリと食べちゃうね」と友人と頷きあうくらいフワフワだったのは、春雨と豆腐が入っているせいみたいです。でもフワフワ軽いだけでなく、肉やゴマやにんにくの味もしっかりして食べ応えがあり、「日本人向けに作られているんじゃないと思うのに、なんでこんなに美味しいの~!」と感激するくらい美味しかったです。


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三清洞近くの黄生家カルグッスでマンドゥを食べた。


 カロリーを低くおさえられそうな点も魅力的なので、さっそく真似してみることに。レシピは『初恋のきた道』日記の餃子先生に教えてもらったものと、ソウルナビの韓国料理教室「マンドゥ」と、黄生家カルグッスの味の記憶をミックス。豚ひき肉、春雨(国産かんしょ)、ズッキーニ、キムチ、麻の布で水分を切った豆腐、ゆでたもやし、ネギ、にんにく、しょうがをまぜて具にして蒸しました。


 


 ソウルで一番無念だったのは、トッポッキを食べそびれたこと! 仕事のために韓国のTVドラマ「宮 Love in Palace」や「コーヒープリンス1号店」を見たときも、女子高生が学校帰りに寄り道してトッポッキを食べている姿があまりに楽しそうで、せっかくだから現地で食べたいなあと、日本ではトッポッキを食べずにがまんしてきました。それなのに時間切れ&腹いっぱいで食べられなくて無念。朝から晩まで貪欲にいろんなものを食べてたのに…。次の韓国旅行ではトッポッキとキムパプと炸醤麺(空港で食べたら麺がうどんだった)と韓国の辛し明太子を食べたいです。『子猫をお願い』でも、バラバラの五人が、つかの間、昔に戻ってワイワイ仲良く食べるのがトッポッキでした。そして思い出話で、テヒとヘジョが高校時代に仲良くなったきっかけもトッポッキであることが明かされるのです。イマドキの韓国の女子高生も友人たちとトッポッキを囲んだりするのでしょうか?


 


 


 

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2012.06.01

ポエトリー アグネスの詩(2010年)

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ソウル駅前で韓国の杏を生で食べてきました。

 やりたいやりたいと日頃から唱えていると本当に実現するみたい。韓国に行きたい行きたい行きたい行きたいと唱えていたら、女子大時代からの友人が先週末に韓国へ連れてってくれました。直前まで仕事をして徹夜でボロボロだったのに、現地に着いたら、夜八時でもまだ明るいソウルにテンションMAX! そして旅の目的は決してそれだけではないのだけど、やはり韓国の食べ物は食べても食べても魅力的で興味は尽きませんでした。


 絶対に食べると決めていたもののひとつ、生の杏も食べました。食べたかった理由は、三月に銀座テアトルシネマで見たイ・チャンドン監督『ポエトリー アグネスの詩』の主人公が杏を生で食べていたからです。日本では生で食べることがないのに隣の国では違うんだなあというのがまず新鮮で、かつ、『マルメロの陽光』のマルメロのように『ポエトリー』の杏も、杏を見ているつもりが杏に見られている気分になる杏、なんだか心を解放してくれる杏だったので、私も韓国の杏と対面してみたいなあと思ったのでした。


 


 主人公のミジャ(ユン・ジョンヒ)は美人でおしゃれが好きな六十六歳。介護の仕事をしつつ、釜山で働く娘の代わりに孫のジョンウクを育てています。ある日、体の不調を感じたミジャは病院に行き、アルツハイマーが進行していると告げられますが、医者の診断すら忘れてしまい、詩作教室に通い始めて詩に夢中になっていました。そんなとき、ジョンウクの友人のギボムの父親(アン・ネサン)に呼び出され、ジョンウクら中学生の男子グループが集団暴行事件を起こし、被害者の少女が自殺したことを知ります。男子グループの親たちは少女の親に慰謝料を払って事件を隠蔽することを計画し、ミジャも言われるまま慰謝料を用意しようとするのですが、少女の葬式や家を密かに訪ねるうちに……という物語です。



 今年の二月、三月に見た映画は、『ヤング≒アダルト』も『ヘルプ 心がつなぐストーリー』も『ヒューゴの不思議な発明』も『ポエトリー アグネスの詩』も、大雑把に言ってしまえば「女子が世界の語り手になる」という映画だったけど、そういうのが流行している? そして日本でも、『しあわせの雨傘』のカトリーヌ・ドヌーヴとか、この映画のユン・ジョンヒとか、『母なる証明』のキム・ヘジャみたいに、オーバー六〇歳女子が活躍する映画がもっと作られたらいいのに。この『ポエトリー』のミジャ役なんて吉永小百合とかでリメイクしたら似合うんではないでしょうか。


 


 印象的な杏は、被害者の少女が生まれ育った貧しい農家をミジャが訪ねるシーンに登場します。ミジャが少女の家を訪れたのは金で和解してくれるよう母親と交渉する役目を押し付けられたからなのですが、アルツハイマーのせいか用事をすっかり忘れたミジャは、少女の母と世間話をし、熟して地面に落ちた杏を食べ、その甘さに感激して帰ってきてしまいます。私がソウル駅のロッテマートで買った杏はあまり甘くなく香りも控えめ。『ポエトリー』の季節は夏、日本で生食用に栽培されているハーコットという種類の出荷時期も夏なので、五月末は杏を食べるにはちょっと時期が早かったかもしれません。


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杏は韓国語で살구。七個で八〇〇〇ウォン。


 久々に旅をして実感したのは、外国を見物に行ったつもりが、自分こそが珍しいエイリアンなのだなあということ。言葉も喋れないエイリアンは、必死にアピールして、まずは自分を見てもらうことから始めないと何もできませんでした。韓国まで杏を見に行って、私こそが見られている杏みたいだなあって思える時間を過してきました。


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杏を買ったとき、ソウル駅前広場では音楽会が催されていた。


 

 


 

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2011.10.15

レイチェルの結婚(2008年)

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自分でスイカを丸ごと買ったのは初めて! 山形産、千二百円。

 毎年、夏が来てもスイカ欲はあまりありません。しかし今年は、生まれて初めて自分で丸ごと一個スイカを買いました。七月に元同僚女子と女子大時代の友人と一緒に参加した宮城県石巻市北上町での泥かきボランティアの昼休憩時、地元の方にご馳走していただいたスイカがあまりに美味しく、また食べたくなってしまったせいです。もちろん、三十度を超す炎天下に一日中いたあの日の冷えたスイカの甘さを再び味わうことはできませんが。
 昨年は六分の一スイカを買って、友人夫婦に『秋立ちぬ』『ディア・ドクター』『母べえ』『歩いても歩いても』などのスイカ映画を教えてもらい、『』などを見たりしましたが、今年のスイカ映画はこれに決定してました! ジョナサン・デミ監督『レイチェルの結婚』です。


 


 映画はキム(アン・ハサウェイ)が、姉のレイチェル(ローズマリー・デウィット)の結婚式に出席するために家に戻るところから始まります。式の準備が進むにつれ明らかになるのは、幸せいっぱいのはずの一家の複雑な過去と現在です。主人公のキムは薬物中毒の更正施設で治療中のトラブルメーカーで、ワガママの裏に隠された繊細な心に癒されない傷を抱えています。レイチェルはそんな妹を愛しながらも彼女への不信を拭えず、二人の間には衝突が絶えません。父のポール(ビル・アーウィン)はオロオロと姉妹の間に立って食べ物の心配をするばかりで、再婚して離れて暮らす母のアビー(デボラ・ウィンガー)は娘たちにどこか距離を置いています。そんな一家が結婚式当日に全員集合し…という話です。


 


 ジョナサン・デミ監督作品が好きすぎて、特に『羊たちの沈黙』は何回見てるんだってくらい見てますが、この『レイチェルの結婚』も何回見てもいろんなことを語りかけてくる映画です。結婚式シーンの雑然・混沌ぶりなど圧巻で、花婿はアフリカ系、結婚式の衣装と料理はインド風、永遠の愛を誓うのは「コネチカット州とニール・ヤング」。音楽はロック、アラブ音楽、弦楽合奏、ヒップホップ、ジャマイカ音楽と、にぎやかです。


 


 ジョナサン・デミ作品と言えば、音楽が面白くて、女の子キャラがみんな強くて可愛くて、マイノリティが出て来る話が多くて、地方色・土地柄が濃厚で、脇役に扮するおなじみの俳優を探すのが楽しい、といった印象がありますが、フィルモグラフィーがバラエティに富みすぎている気がしていました。ロジャー・コーマン(『レイチェルの結婚』にも出演している)の会社でなんでも撮っていた人だから何でもやるのかなと。この『レイチェルの結婚』もパッと見は過去作と全然違うのですが、しかし、そんなジョナサン・デミにもやはり一環したテーマがあるんだなあと気付かされる作品でした。それを考えると、この映画の音楽が演技と同じくその場で演奏されていることにも、「家族の映画なのでホームビデオ風に演出してみました」以上の意味があることがわかって面白いです。


 


 気になるスイカは、結婚式前夜のキッチンに登場し、そこでレイチェルとキムをきっかけに家族の最悪の大ゲンカが始まります。ケンカの原因の張本人はキムなのですが、緑色のミニドレスを着て真っ赤なスイカを食べる姿は可愛いです。日本のスイカというと「夏に家族で食べるもの」ですが、アメリカではどうなんでしょうか? カポーティの小説や『ハックルベリー・フィンの冒険』にチラリと出てきた記憶のみで、アメリカ映画のスイカは思い出せません。ところがこの米国スイカ振興協会(!)によると、アメリカでもスイカは「夏に子どものいる家庭で食べるもの」というイメージが強いみたいです。それなのにキムの一家はスイカを囲んで大ゲンカ。古式床しい映画のように結婚前夜に家族でスイカを食べてしみじみ、とはなりません。しかし結婚式の大騒ぎが終わった翌朝の清澄な空気の中で確認されるのは、頼りにならない両親の下でレイチェルとキムが共に過してきた時間、正反対の姉妹の間にもやっぱり存在する深い絆なのでした。『レイチェルの結婚』はまさしくスイカが似合う、家族の映画と言いたいです。


 


 ジョナサン・デミ監督の新作の予定はスティーヴン・キングのこれから発売される長編小説『11/22/6』の映画化で、現代に生きる三十五歳の英語教師が一九五八年にさかのぼってケネディ大統領暗殺を阻止しようとする話だとか。また「ジョナサン・デミはなんでも撮るなあ」という感じのフィルモグラフィーを更新しているように見えますが、『レイチェルの結婚』を見た後では、すごくジョナサン・デミらしいテーマの予感がします。そういえば『高慢と偏見とゾンビ』を、ジョナサン・デミ監督、ナタリー・ポートマン主演で撮るとかいう話はなしになったんですよね? ジェイン・オースティンファンでもあるので二見文庫の原作を買ってみたのですが、こりゃ原書で読まないと意味ないわ、と途中で投げ出してしまいました。いずれにしろ、ジョナサン・デミの新作が今後もますます楽しみです! 


 


 


 


 


 


 

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2011.04.23

シークレット・サンシャイン(2007年)

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映画の中のバースデーケーキはもっと派手。

 生まれて初めての海外旅行はフランスでした。その頃は恥ずかしながらゴダールが世界で一番偉い映画監督だと思っていたのでパリに行きました。その次は台湾に行きました。その頃は恥ずかしながらエドワード・ヤンが世界で一番偉い映画監督だと思っていたので、中国語も喋れずバスの乗り方もわからないくせに台北をフラフラしてました。今もし海外へ旅に行くなら、韓国に行きたいです。韓国映画が元気で面白いからです。特に映画に出てくる食べ物に関しては、韓国映画が今一番面白いんじゃないかと思うくらいです。しかし話題のヤン・イクチュン監督『息もできない』が世の中で絶賛されるほどすごい映画とは思えなかったので、見逃していたこちらを見てみました。現在、世界で一番セクシーなのではないかと思う男優、ソン・ガンホが出てます。


 


 夫を亡くしたシネ(チョン・ドヨン)が一人息子のジュン(ソン・ジョンヨプ)と一緒に、夫の故郷である密陽に移り住むところから映画が始まります。シネは夫の遺産でピアノ教室を開業し、息子を塾に通わせ、家を建てる計画を立てます。友だちもでき、キム社長(ソン・ガンホ)も何かと世話を焼いてくれ、新しい土地で母子の平穏な暮らしが始まりつつありました。ところがある日、シネが友だちと飲んでカラオケで歌っている間に、ジュンが誘拐され、遺体で発見されます。絶望から立ち直れないシネはキリスト教系の信仰宗教に入信して落ち着きを取り戻し、教会の教えに従って犯人を許すため刑務所へ行くのですが…という映画です。


 


 あらすじだけ聞くと、亡夫の故郷に息子と一緒に移り住んだ美しいピアノ教師をソン・ガンホが温かく見守る、というロマンティックな映画を想像することも可能ですが、実際のところは全然違います! シネは口が悪くてピアノも下手、子どもに留守番をさせて自分はカラオケで遊びまくります。生前の夫は実は浮気をしていて、家を建てる話もすべて見栄張りなシネのウソで、麗しいヒロインには程遠い人物です。そして麗しい人物でないのはシネだけでなく、蜜陽の住民すべてが軽薄でガサツで自分勝手で他人の心の機微など読み取れない人々にしか見えません。ところがそんな勝手な住民が発揮する間違いだらけの優しさや愛情や可笑しみがまるで奇跡のように誰かを救ってしまうので、思いも寄らず奇跡を見せられた私も救われてしまう…、そんな映画のような気がします。


 


 特にこの映画のなんとも言えない可笑しみが絶妙で、派手なシーンがあるわけでもないのに飽きません。息子を誘拐されてパニックになったシネが、助けを求めてキム社長の家に走っていくと、夜の闇の中、キム社長がひとりカラオケで熱唱している姿が部屋の灯りに照らされて窓から見えます。ここは緊迫しているシーンのはずなのに、ものすごく可笑して大好きなシーンです。また、入信していた宗教に疑問を感じたシネが、牧師が説教する集会の邪魔をするためにPAブースに忍び込んで「みんな嘘、嘘よ、嘘よ、嘘なの~ 愛も嘘 笑いも嘘~♪」と女性が歌う昭和歌謡のような曲をかけるところも可笑しく、ものすごい気まずさと、野外会場&してやったりの開放感が綯い交ぜになってとても味わいの深いシーンでした。


 


 本当はこの映画を見たのは東日本大震災前で、大きな不幸が主人公を襲う映画の内容が今紹介するにはふさわしくない気がしていたのですが、だんだん今こそ見るにふさわしい映画なのではないかという気にもなってきたので日記を更新してみました。宗教の矛盾を鋭く問う映画という人もいますが、監督本人は否定しており、私も世界の宗教はこの映画で描かれる新興宗教ほど単純なものではないのでは?としか思えません。むしろ蜜陽の人々は、すぐに十戒を忘れて放蕩してしまうイスラエルの人々や、理不尽な不幸に苦しめられるタマルやハガルのような、聖書の中の人物に似ている気がします。宗教批判というより、聖書や絵画や音楽など数々の表現を生み出してきた「救い」というテーマに、イ・チャンドン監督も挑戦してみたという感じなのではないでしょうか。


 


 この『シークレット・サンシャイン』だけでなく、『親切なクムジャさん』や『渇き』にもバースデーケーキが出てきましたが、日本と韓国のバースデーケーキはとっても似ている気がします。苺と白い生クリームで飾ったレイヤーケーキを誕生日に食べる習慣はいつ頃からひろまったのか? 何がきっかけだったのか? とても気になるのですが、まだよくわかりません。四方田犬彦著『ラブレーの子供たち』(新潮社刊)にはストロベリー・ショートケーキは二十世紀にアメリカ経由で全世界に普及し、もとを辿ればルイ十四世の愛妾であるラ・ヴァリエール夫人が作らせた苺のタンバルが原形で、それがドイツ経由でアメリカに渡って大衆的な人気となったと書いてありますが、出典がよくわかりません。



 


 最近のアメリカ映画でよく見かける四角くカラフルなバースデーケーキや、エリア・カザン監督『エデンの東』(一九五四年)やクリント・イーストウッド監督『グラントリノ』(二〇〇九年)に出てくるアイシングでガッチリ固められたようなバースデーケーキ、スティーヴン・ダルドリー監督『めぐりあう時間たち』(二〇〇二年)の焦茶色と群青色のバースデーケーキを見るとあまりの違和感に異国の文化だなあと思います。しかしエルンスト・ルビッチの『天国は待ってくれる』(一九四三年)に出てくるピンクのクリームと真っ赤なさくらんぼで飾られたバースデーケーキや、ブライアン・デ・パルマ監督『悪魔のシスター』(一九七三年)のピンクと緑の生クリームで彩られたバースデーケーキは、私が子どもの頃の誕生日に食べていたピンク色のバラの乗ったバタークリームケーキによく似ています。ろうそくを立てて、「Happy Birthday」の文字と名前が書かれたデコレーションケーキを食べて誕生日を祝う習慣はアメリカから伝播したのは確実だと思うのですが、白い生クリームと苺が乗ったデコレーションケーキはどこから来たのでしょうか。


 


 日本映画のケーキというと、定番は昭和三十六年(一九五一年)に公開された小津安二郎監督『麦秋』のケーキでしょうか。この映画にはケーキが二回登場しますが、最初に登場するのは紀子(原節子)が友人の結婚式の帰りに銀座の喫茶店に寄って紅茶とケーキを食べながら淡島千景らとお喋りするシーンです。四人の女性たちそれぞれの目の前に一個ずつケーキが置いてあるのですが目を疑うくらい大きい! 小ぶりのホールケーキと言える形と大きさです。上に乗っているのは苺より色の薄い果物、桃?栗?あたりではないでしょうか。その次は紀子が買って帰ってくるホールケーキです。こちらは苺ではなくサクランボが乗っていると思われます。「九百円もした」と言っているのですが、貴田庄著『小津安二郎 東京グルメ案内』(朝日文庫)によると、当時の九百円は今の値段で一万円くらいなのだそうです。一万円を超すホールケーキというと、今ならホテルニューオータニのパティスリーSATSUKIのスーパーメロンショートケーキくらいしか私は知りませんが、言うまでもなくセレブ御用達スウィーツです。そしてまさに昭和六年(一九三一年)の小津映画『淑女と髯』には、男爵家の令嬢のバースデーパーティーでケーキを食べるシーンが出てきます。しかしそれはろくそくを立てたホールケーキではなく、切り分けられて銀紙に包まれた小さなケーキで、生クリームもたっぷり乗っているようには見えません。昭和十六年(一九四一年)の『戸田家の兄妹』にも孫の良吉くん(葉山正雄)がおやつに質素なケーキをパクつくシーンがありますが戸田一族は大変な上流家庭です。


 


 小津映画を見ても一九五〇年代までは一般家庭が苺に生クリームのバースデーケーキを買って誕生日を祝っていたとは思えません。日本のバースデーケーキはどこから来たのでしょうか。とりあえず報知新聞に一九〇三年(明治三十六年)の一月から十二月まで連載された村井弦斎著『食道楽』(岩波文庫)まで遡ってみると、次のように書いてありました。


覆盆子の菓子たるストロベリーショーケーキの製法はまず最初カステーラを厚さ三分巾五寸四方にきりそれを三枚ほど用意しイチゴ二斤を能く洗い砂糖大匙六杯葡萄酒大匙三杯を合わせたる汁におよそ二十分ほど漬けおきカステラの上に平らに並べまたカステラを重ね前の如くイチゴを並べ順々に重ねて最後に残りの汁を上より掛けておよそ二十分間浸しおきクリームを泡立ててその上にかけて出すなり。


 


 別のページに詳しく掲載してあるカステラの作り方、クリームの作り方を見ても、当然と言えば当然なのですが、既に現在と同じレシピが用いられていて驚きます。ストロベリーショートケーキだけでなく、『食道楽』は百年以上前に書かれたものでありながら、私たちが現在食べている西洋料理がほとんど出てくるといっても過言ではないのですが、これらの料理の作り方を解説しているのが、雑誌編集者の兄を持つお登和という女性で、長崎生まれで大阪と神戸で料理の勉強をしたという設定になっています。大学を卒業した兄を持つくらいなので、そこそこ金持ちの娘であるのは確かなのでしょうが、普通の若い娘が勉強しただけで西洋料理についてこんなにも詳しくなるものかと驚いていたら、黒岩比佐子さんの解説によると、お登和のモデルは大隈重信の従兄弟を父に持ち、後藤象二郎の後妻の姉を母に持つ村井弦斎の妻で、『食道楽』のレシピ制作にあたっては、大隈家のコックやアメリカ公使館のコックが協力したのだそうです。というわけでストロベリーショートケーキを実際に口にし、目にしたのはごくごく限られたかなり上流の人々だけだったとはいえ、『食道楽』は大ベストセラーです。最初の春の巻だけでも四万五千部以上、春夏秋冬の全巻では十万部以上売れたとのことなので、その存在は早くから多くの人に知られていたことになります。まだまだ何もわかっていませんが、長くなったのでバースデーケーキについてはまた次の映画日記で追究していきたいと思います。


 


 

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2011.02.21

めぐりあう時間たち(2002年)

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宮城県石巻市からやってきたカニ様。

 先日の芥川賞の発表は、文学賞のニュースであんなに盛り上がったのは生まれて初めてというくらい盛り上がって見てました。数年前から友人が西村賢太のファンで、勧められて私も読んでいたので、西村賢太が受賞したと聞いてまず思ったのは、「顔が見たい!」 そして次に思ったのが「動いて喋ってる姿が見たい!」でした。ワクワクしてテレビの前に座った受賞一日目は朝吹真理子ちゃん一色で、西村賢太のコメントは見事に省略されていたのでずっこけました。しかし二日目は西村賢太にスポットが当てられ、読者の期待を裏切らないあの調子だったので、もう朝から「見た?」「見た!」の連続で楽しい一日でした。あと、小谷野敦先生ファンでもあるので、『母子寮前』も応援してました。


  


 


 私は朝吹真理子ちゃんを全然知らなかったのですが、『きことわ』をヴァージニア・ウルフ作品みたいと評している人が多いようなので興味が湧き、読んでみました。最初はちょっと尻が痒いような気持ちで読んでいたのですが、葉山の別荘で貴子と永遠子が再会するあたりからだんだん面白くなり、虚実混ざった記憶が別荘を再訪したことで滝のように迸り出る様、絡まり合う髪の毛のように溶け合う登場人物たち、物や言葉をきっかけにあちこち行き来する時間など、圧倒されながら読みました。確かにヴァージニア・ウルフっぽくて面白かったです。ついでに、『ダロウェイ夫人』を未読のときにしか見てなかった『めぐりあう時間たち』をもう一回見ました。


 


 ヴァージニア・ウルフ作品の映画化というと見たことがあるのはサリー・ポッター監督『オルランド』だけで、美術は素敵でしたが、女って最高とか、子ども産むのって素晴らしいわ、といった程度のものしか受け取れない内容になっていて、原作に拮抗するような面白さではなかったように記憶しています。『めぐり合う時間たち』は、『ダロウェイ夫人』の映画化ではなく、マイケル・カニンガムが一九九八年に発表した小説の映画化ですが、ヴァージニア・ウルフ的な世界の捉え方をどのように映像化するかにいろいろ工夫が見られて興味深かったです。しかし、窓を開ける、花を飾る、陶製のボウルに卵を割る、戸棚を開けるなどの描写や『ダロウェイ夫人』によって、三つの時代の人物たちの一日の輪郭が薄れて柔らかに溶け合うようになっていて確かに面白いのですが、やっぱり三つの一日が同じように撮られたものとしか見えないため、層のように並べられても、時代の差や記憶と現在の差、時間の差が感じられず、溶け合っても小説ほど面白くないかもとか思ってしまったりもしました。


 


 ヴァージニア・ウルフ作品も『きことわ』も食べ物が印象的に登場しますが、『めぐりあう時間たち』の三人の女たちも料理でも絡まり合ってます。ヴァージニア・ウルフ(ニコール・キッドマン)はガサツなメイドが作るラムパイに吐き気をもよおし、ローラ(ジュリアン・ムーア)はチョコレートスポンジを青と黄色いのクリームで飾った夫のバースデーケーキで憂鬱になり、クラリッサ(メリル・ストリープ)が用意したカニは流し台で不気味に蠢き、出来上がったカニ料理も手をつけられず捨てられます。グロテスクな三つの食べ物は、目から嗅覚や味覚や舌触りなどの生理に訴えかけてきて、三人の女性たちが現実に対して覚える苦しみや違和感が私の体にも浸透してくるようでした。


 


 アメリカには私のようなバカがたくさんいるようで、お気に入りの文学や映画に出てくる料理を実際に作ってみるというレシピ本がたくさん出版されています。『めぐりあう時間たち』でメリル・ストリープが作っていたカニ料理も、『The Book Club Cookbook』という本に取り上げられ、著者のアンナ・ジェルマンとヴィッキー・レヴィ・クラップの妄想レシピが紹介されているようです。『The Book Club Cookbook』はまだ手元に届いてないのですが、Epicurious.comというレシピとグルメのサイトに、「『The Book Club Cookbook』のレシピだとたんぱく質とビタミンAと葉酸塩を摂取しすぎるからクリームを豆乳で、バターをオリーブオイルで代用した」というレシピが掲載されていたので、そちらを下に紹介してみました。宮城県石巻市からやってきたわが家の素晴らしいカニ様は、あれこれ料理するのがもったいなくて、そのまま食べちゃいました。


cancer 『めぐりあう時間たち』の“Crab Thing”(Crab Casserole)

【材料】
オリーブオイル 大さじ2と1/2
・ジャガイモ 中1個(サイコロ状に切る)
・玉ねぎのみじん切り 1/3カップ
・赤パプリカ 1個(サイコロ状に切る)
・フェンネルの球根のみじん切り 1/4カップ
・ニンニクのみじん切り 小さじ1と3/4
・茎を取り除いたフダンソウの細切り 2カップ
・若いホウレンソウ 1カップ
・卵白 4個
・全卵 1個
・粉々にしたフェタチーズ 3/4カップ
・低脂肪のカッテージチーズ 1/2カップ
・豆乳 大さじ3
・全粒のパン粉 1/2カップ
・コリアンダー 1/4カップ
・ディル 大さじ1
・チャイブ 大さじ1
・ゆでたカニ肉 454g
・サラダオイル
・粉状のパルメザンチーズ 1/4カップ
・解凍済みのパイシート 8個

【作り方】
オーブンを180度に予熱する。大きなフライパンに大さじ2のオイルを敷いて中火で加熱する。ジャガイモ、玉ねぎ、パプリカ、フェンネルを加えて約3分間炒める。さらにニンニクを加えて金色になるまで約2分間炒める。フダンソウ、ホオウレンソウも入れて、しなしなになるまで約2分間炒める。ボウルに移して冷ます。別のボウルで卵を溶いて、野菜を炒めたものに、卵、フェタチーズ、カッテージチーズ、豆乳、パン粉、コリアンダー、ディル、チャイブを加える。それらをカニ肉に混ぜ合わせる。塩コショウで味付けする。22.5cm×30cmの天板にオイルを塗る。大さじ2のパルメザンチーズを振り掛ける。天板にパイシートを1枚敷く。ブラシでオイルを塗る。層状にさらに3枚のシートを置き、それぞれブラシでオイルを塗る。残りのパルメザンを振り掛ける。パイシートの上にスプーンでカニ肉の混ぜ物を置く。一番上に余ったパイシートを被せる。表面の真ん中に7.5cm×15cmの切り込みを入れる。35分間焼いて、少し冷ましてから食べる。


 


 

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2011.01.22

ローラーガールズ・ダイアリー(2009年)

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キャー!キャー! 女子たちのパイ投げシーン最高。

 女子が青春のすべてをぶつけるスポーツ映画はいいですよね。『カリフォルニア・ドールズ』『ベッカムに恋して』『ミリオンダラー・ベイビー』『プリティ・リーグ』『ショーガール』(←ちょっと違う? でも入れておきたい)などのお気に入り女子スポ根映画に、この『ローラーガールズ・ダイアリー』も追加されました。監督はあのドリュー・バリモア、主演はエレン・ペイジです。


 


 


 


 テキサス州の田舎町のボディーンで暮す女子高生のブリス(エレン・ペイジ)は、メガネをかけたチビで気の弱い女の子。町のダイナーでアルバイトをしながら、母(マーシャ・ゲイ・ハーデン)がかつて優勝を夢見ていた地元の美人コンテストへの出場を繰り返す日々を送っていましたが、いまひとつ打ち込めず、美しくない自分に自信を失っていました。そんなある日、体に刺青を入れて自由なファッションに身を包み、ローラースケートで駆け回りながらチラシを配る女性たちに興味を持ったブリスは、そのチラシに書かれたローラーゲームの試合に足を運びます。スピード、パワー、戦略を競うローラーゲームのとりこになってしまったブリスは、メンバーの募集テストを受けて見事合格し、家族には内緒のローラーゲームに打ち込む日々が始まるのですが……という映画です。


 


 テストを受ける決心をしたブリスはオモチャ箱からローラースケートを取り出し、恐る恐る早朝の道路を滑走しながら、だんだん開放されたような笑顔になっていきます。そしてとうとう両親に秘密のまま、ローラーゲームのメンバー募集のテストを受けるためバスに乗り込みます。バスの窓から見えるのはアメリカンフットボールの練習に励むグランドの男の子たち。水を浴びせられ苛められている男の子たち。親友のパシュ(アリア・ショウカット)が働くダイナー。いつもの風景に愛着がにじむ眼差しを注ぎつつも、ブリスが乗ったバスは地元を後にして高架下をくぐり、州都のオースティンへ向います。ブリスの旅立ちがしみじみと描かれるように、全編を通してドリュー・バリモアの演出はとても正統派。ブリスの青春物語は不器用ながらも力強くさわやかで泣けました。ついでにジョージ・ロイ・ヒル監督『スラップショット』のハンソン兄弟の大ファンだったので、自販機を壊すマンソン姉妹にも泣けました。サウンドトラックの良さ、ロバート・イェーマンのカメラ、ディラン・ティチェナーの編集なども作品の楽しさに貢献していると思われます。


 


 青春映画は数あれど、こんなにたくさんのごっついオネーサマたちが主人公に人生を教える映画はなかなかないのではないでしょうか? 三十歳過ぎてからローラーゲームの世界に入った鉄人メイビン(ジュリエット・ルイス)、実は一人息子の優しいお母さんである暴力マギー(クリステン・ウィグ)、いつもケガしてる当り屋シンプソン(ドリュー・バリモア)、チームで唯一のアフリカ系である鉄火のローザ(イヴ)、オリンピックを目指していた血まみれホリー(ゾーイ・ベル)、そしてまるで女版ジャック・ニコルソンのように迫力のある母(マーシャ・ゲイ・ハーデン)。特にジュリエット・ルイスは最高の敵役でした。かつては謎めいた美女なども演じてた気がするのですが、この映画ではちょっと三枚目の猛女。顔がどんどんお父さんのジェフリー・ルイスに似てきているような……。


 


 そんなジュリエット・ルイスのエレン・ペイジいびりから始まる女子たちの“食べ物ぶっかけ大会”のような悪ノリもこの映画の大きな魅力です。ホイップクリームたっぷりのパイも気持ちよく飛んでます。バタークリームのケーキで育った世代の私には、TVや映画で見る真っ白いクリームたっぷりのパイは憧れでした。大人になり、アンナミラーズや専門店でアメリカ風のパイを食べて、食べども食べどもクリームばかりのフィリング(ホイップクリームとかメレンゲとかカスタードクリームとかチョコレートクリームとか)に飽き飽きという経験は済ませているので、日常生活ではほとんど食べたいとは思いませんが、映画に出てくると今でも心躍ります。


 


 アメリカのクラシックなパイとはどんなものなのでしょうか。まずはアメリカの料理書の草分けとされるファニー・ファーマー著『Boston Cooking School Cook Book』の一九一八年版(初版は一八九六年)を見てみました。小麦粉とだいたい同量のバターを混ぜて折り畳む基本のパイ生地(Puff Paste)レシピは、折り畳み方はそれぞれ違いますが、エスコフィエやロブションやサンドランスなどの料理書にあるフィユタージュ(Feuilletage)とほぼ同じです。ショートニングやラードを使っていないせいか、私の腕のせいか、焼き上がりはパイならではの軽さやサクサク感からは程遠く、不味くはないのですがドッシリしていて、「パン?」という食べ応えでした。ただしファニー・ファーマーの本にはPuff Pasteの他に、ラードとバターを半々で用いる折り込みパイ生地「Plain Paste」などもちゃんと紹介されています。今のアメリカ風パイと言えば、ショートニングやラードを使った軽いサクサクパイがきっと主流なのでしょう。

cake 『Boston Cooking School Cook Book』のパイ生地

【材料】
・バター 1パウンド(453g)
・Pastry Flour(たんぱく質 8.0%) 1パウンド(453g)
 もしくは
 Bread Flour(たんぱく質 12.7%) 14オンス(400ml) 
・冷水

【作り方】
 2tbs(大さじ2)のバターを取っておき、残りを1/2インチ(約1.3cm)の厚さの丸い形にしたら打ち粉をした板に乗せておく。右手の指を使って2tbs(大さじ2)のバターを小麦粉に混ぜ、冷水で湿らしてひとかたまりにし、打ち粉した板で5分間こねる。タオルで包んで5分間置く。
 ねかしておいた生地を1/4インチ(約6.5mm)の厚さにのして横長の四角形にする。めん棒でうまく広がらない場合は指で広げてもいい。バターを生地の真ん中より下に置き、上部の生地を折ってバターを包むようにする。しっかりと端を押してできるだけピッタリと閉じる。
 生地の右側をバターの上に折り畳み、左側をバターの下に折り畳み、生地を180度回転させたらタオルで包んで5分間ねかせる。また1/4インチ(約6.5mm)の厚さにのして、今度は縦長の四角形にする。生地が板にくっつかないようにしばしば持ち上げて、必要であれば打ち粉する。また端から真ん中に向って3層に折り畳み、タオルで包んで5分間ねかせる。のす前に必ず生地を180度回転させて、同様の作業をあと2回繰り返す。合計4回、生地を回転したら、両端を中央に2回ずつ折り曲げて4層を作り、冷えた場所でねかせる。もし外の温度が充分に冷たくなかったら、生地をタオルで包んでロースト用の肉汁受け皿に入れ、砕いた氷を入れる。生地を数日間保存したいなら、ナプキンで包み、鉛のバケツに入れてしっかりとフタをして冷えた場所に置く。もしアイスボックスの中に入れるなら、バケツを氷に直接くっつけてはいけない。

 最初に「Wash the butter,pat and fold until no water flies」と書いてあってビックリしたのですが、昔の手作りバターは手で絞ってバターミルクを可能な限り出してから使うのが長持ちの秘訣だったそうです。そんな出来立てバターを使っているパイは美味しさが違いそう。


 


 次に、時代はもう少し下って、月刊「Ford Times」に掲載された全米で人気の宿屋・レストランの紹介とそこの名物料理のレシピをまとめて、一九五〇年にフォード・モーターが出版した『Ford Treasury of Favorite Recipes』を見てみました。コンセプトはまるでミシュランガイドの変形版。現在も残っている店もあったりして、アメリカの宿屋、レストラン、外食の歴史を垣間見るようで面白いです。スープからサラダ、ステーキ、ハンバーガー、クレオール料理やメキシコ料理まで多種多様な名物料理が選ばれているのですが、パイもいっぱい出てきます。その中のひとつ、ノースカロライナ州のSunset Farmという宿屋の名物料理チョコレートラムパイが、ホイップクリームがいっぱい乗ってて美味しそうだったので参考にしてみました。ちなみにSunset Farmは現在はもう営業してないみたいです。

cake ノースカロライナ州のSunset Farmのチョコレートラムパイ

【材料】
・温かい牛乳 2カップ
・卵黄 4個
・砂糖 1/2カップ
・コーンスターチ 1と1/4tbs(大さじ1と1/4)
・製菓用チョコレート 1と1/2スクエア(約45g)
・ヴァニラオイル 1ts(小さじ1)
・パイ皿に敷いて空焼きしたパイ 1枚
・ゼラチン 1ts(小さじ1)
・卵白 4個
・ラム酒 1/4tbs(大さじ1/4)
・タルタルクリーム 1/4ts(小さじ1/4)
 ※メレンゲの泡立ちをよくするもの。無しでもいい。
・ホイップクリーム 1カップ
・飾り用にチョコレートを細かく削ったもの 

【作り方】
・牛乳、卵黄、砂糖、コーンスターチを混ぜて20分間加熱する
・時々かき混ぜて、もったりしたカスタードにする
・カスタードの1カップ分をチョコレートとヴァニラに加えて混ぜ、空焼きしたパイに注ぐ
・残りのカスタードにゼラチンと4tbs(大さじ4)の水を加えて混ぜる
・固まり過ぎないように気をつけながら冷やす
・卵白をかき混ぜてメレンゲを作り、冷やしたカスタードに混ぜる
・ラムとタルタルクリームもカスタードに加える
・パイに注いだチョコカスタードが冷えているのを確かめてから、ラム風味のカスタードを注ぐ
・ホイップクリームを乗せて削ったチョコレートを散らす

 真っ白いパイが作りたかったのでチョコレートは散らさず、クリームばっかりで飽きそうだったのでスライスしたバナナを入れてみました。やっぱりクリームだらけのアメリカンパイは強烈。食べるより投げたいです。


 


 


 


 


 

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2010.12.13

イン・ザ・カット(2003年)

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カレー豆腐。タイカレーと豆腐は合うんですね。

 ジェーン・カンピオン監督作品は『ピアノ・レッスン』までは映画館で見たのですが、その後の映画はどれもあまりにボロクソに言われていたので見に行ってませんでした。この映画も主演のメグ・ライアンとともにボロクソのクソメソです。しかし今さら見てみたら、まったく憎めない作品でした。男性のセックスへの恐怖やコンプレックスが滲み出ているヒッチコック・マニアの映画の多くが、決して完成度の高い名作でなくても偏愛するファンを得て人気作となっていることを考えれば、この映画もそこまで嫌わなてくも~! と思います。ブライアン・デ・パルマ作品なども好きですが、ある意味、デ・パルマよりもネチネチとマニアックにヒッチコックを解釈している作品になってるし、メグ四十一歳のヌードも見られるし、そんなに「駄作」と切り捨てなくてもいいんじゃないかなあと小さな声で言いたい。犯人との対決が、『羊たちの沈黙』のあの「暗視カメラと撃鉄の音」のような面白いシーンになっていないところなどが物足りなく思われて失敗作と断じられたのかもしれないですが、たぶんジェーン・カンピオンはそもそもそういうことが撮りたい映画監督じゃないからいいんじゃないでしょうか。ダメ?



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 不協和音でアレンジされた「ケ・セラ・セラ」が流れる中、船の発着場の向こうにマンハッタンのビル群がそびえる風景が現れ、映画が始まります。早朝の空にぶら下がる鉄の物体、二つの顔を持つ女の壁画、道路の隅のゴミの山を静止画のように映した後、カメラは散歩するように動き出し、柵越しに見える顔の落書き、天使の輪が付いた花の落書きの横を通り過ぎます。花が咲く庭をゆっくり歩く後ろ姿は、髪が朝日に照らされて赤毛のように輝くジェニファー・ジェイソン・リーです。彼女が顔を上げると風が吹き、白い花をつけた木の枝も揺れて花びらが舞い散ります。その大量の花びらが窓から見える薄暗い部屋の中、ベッドで眠るメグ・ライアンが目を開けて外を見ます。再び目を閉じた彼女の顔からカメラが横に移動すると、その隣の誰も寝ていない枕の生成り色が、セピアカラーの回想に重なります。雪が降りしきるスケート場で、男の肩越しに見えるのはスピンしている女の子です。カメラが男の肩からゆっくりと下がり、黒い皮手袋をはめた男の手がギュッと握り締められる瞬間をとらえた途端、男は滑り出し、女の子の周囲を回り、エッジをきかせてカーブを描いてカメラの前から消えます。男が氷に刻んだ溝に血のような赤い色が滲み、ここで「IN THE CUT」とタイトルが現れます。


 


 このオープニングにこの映画の大事な要素が集約されていて面白いなあと思います。『知りすぎていた男』でドリス・デイが歌った「ケ・セラ・セラ」で映画が始まり、一九九〇年代のアメリカのロマンティック・コメディのスター、金髪美人のメグ・ライアンが主演となると、イヤでも意識してしまうのはヒッチコック作品です。『知りすぎていた男』のドリス・デイが演じたジョーは一見幸せそうな主婦なのですが、夫の仕事の都合で歌手の仕事から遠ざかり、二人目の子どもを望む思いも夫に応えてもらえず、満たされない生活を送っている女性でした。その上、言葉の通じない異国で一人息子が誘拐され、何も教えてくれない夫に薬で眠らされ、映画半ばで彼女の抑圧は最高潮に達します。ところが夫婦がロンドンへ帰ると、ドリス・デイは言葉と叫びと歌声を取り戻し、夫よりも活躍して事件も不満も解決してしまいます。『イン・ザ・カット』でメグ・ライアンが演じるフラニーはドリス・デイとは正反対で、言葉も歌もセックスも足りているのですが、オープニングで彼女のベッドの隣に誰もいないことが示されるように、やはり満たされない生活を送っている女性です。婦女連続殺人事件の真犯人がわかると同時に、フラニーの問題はどう解決されるのか! それもこの映画を見る楽しみとなるわけです。


 


 『イン・ザ・カット』のヒッチコックっぽい世界はまだまだ続きます。マンハッタン島の遠景で映画が始まり、女の頭が断ち落とされるバラバラ連続殺人事件が起きるところは、ロンドンの空撮で始まり、女をネクタイで絞殺する事件が次々と起きる『フレンジー』みたいです。メグ・ライアンと恋仲になる疑惑の男、マロイ(マーク・ラファロ)に取って付けたような口ヒゲがあるのも、ネクタイ殺人の容疑者とされるリチャード・ブレイニー(ジョン・フィンチ)に似せるため? マロイが刑事、ブレイニーが元空軍の英雄という男らしい職業で、本来は自分勝手で粗野な男なのに映画の中ではまるで鈍臭い女の子のように翻弄されてばっかりの役柄、というのもなんだか似てます。階段をいっぱい撮っていて、恐ろしいことがすべて階上で起きるところも、『フレンジー』をはじめとするヒッチコックを意識している演出ではないでしょうか。


 


 極めつけは、オープニングでジェニファー・ジェイソン・リーが歩く、花の咲く庭です。この庭は後にバラバラ殺人の死体の一部が発見され、まるで『裏窓』の中庭みたいです。そう考えると、フラニーはなんだか『裏窓』に登場する“女性”を全部ひとりで演じているような存在に見えてきます。まず、眠っている姿で登場する主人公のフラニーは、紛れもなく『裏窓』でジェームズ・スチュアートが演じるジェフです。自慰行為で完結しているフラニーの性生活も、美女との結婚を拒否するジェフに通じるものを感じます。ジェフといえば、最初は王様のようにニヤニヤ隣のアパートを見物しているのですが、映画が進むにつれて自分の非力さを痛感させられる傍観者となり、極上の美女リサ(グレース・ケリー)を拒否する態度は「どんなバカでもリサを見たらその気になるものだ」と非難され、かつての戦友よりも看護婦のステラ(セルマ・リッター)やリサと一体化して事件にのめり込み、どんどん“オバチャン化”してしまう人物でした。

 もちろん事件を解決するフラニーが、動けないジェフの代わりに事件を解決するリサにも似ていることは言うまでもありません。リサは「女はみんな同じよ」と言ってアパートの女たちに同化し、彼女たちの本当の気持ちを次々と看破する人物でしたが、フラニーはリサの言葉通りにひとりで『裏窓』のアパートの女性たちを再現します。恋人のいない孤独な生活を送り、若い男に襲われそうになるフラニーは“ミス・ロンリーハート”だし、犬を連れている元恋人に追い回される姿は愛犬を殺される“非常階段の奥さん”であり、熱帯夜に下着姿で踊る場面では“ミス・トルソー”となります。マロイとのセックスに耽る場面では“新婚の妻”に、作家かつ教師である一面は新聞を読み芸術に勤しむ“彫刻家(ミス補聴器)”です。そんなフラニーの命が危険にさらされるのは、ソーウォルド夫人とリサと同様、結婚指輪をはめる時です! 


 


 もうひとつ面白いのは『白い恐怖』のイメージも多用されている点です。『イン・ザ・カット』は「雪」も重要なモチーフとなっていて、オープニング映像の舞い落ちる大量の花びらも雪に見立てられていることが後でわかります。スケート場で父母が出会った瞬間に空から大量の雪が降り、一目惚れして結婚するものの母は父に裏切られて不幸になったため、雪はフラニーの「男嫌い」という心の傷の象徴になっています。まるで心の傷が白い色や雪に刻まれたスキーのシュプールで疼く『白い恐怖』のグレゴリー・ペックみたいです。異母妹役のジェニファー・ジェイソン・リーが『白い恐怖』の冒頭に出てくる色情狂と男嫌いを同時に発症している女性に服装や髪型がそっくりで、メグ・ライアンがその女性を診察するメガネをかけた堅物女医のイングリット・バーグマンにそっくりなところも、二人が実は同じ父から生まれた姉妹で、鏡に映った同一人物のように同じ心の傷を抱えていることを裏付けます。極端に分裂したかのようなメグ・ライアンとジェニファー・ジェイソン・リーが仲良くじゃれ合う姿を見るにつれ、娘たちの心の傷がいかに大きいかが印象付けられ、その傷の克服もこの映画の大切なテーマのひとつであることがわかるわけです。


  


 このように『イン・ザ・カット』はヒッチコック映画を次々と紐解くような内容になってます。ではジェーン・カンピオンは二〇〇三年にこの映画を撮ることで、ヒッチコックの何を明らかにしたかったのでしょうか。ヒッチコックのように女をいっぱい殺した男を、男嫌いのフラニーがブッ殺して、あ~スッキリ!? ……ではなく、身動きできない男性が待つ家へ戻ったメグ・ライアンが彼に添い寝する姿をカメラは入り口から映し、ドアがゆっくりバタンと閉まるという結末で映画は締めくくられていました。ドアといえば、『白い恐怖』ではグレゴリー・ペックと出会ったイングリット・バーグマンの心の扉は次々と開いていましたが、この映画の扉はバタンと閉まります。これはフラニーが『裏窓』の住人たちや母や妹や様々な女性たちと同化したように、最後には大嫌いだった男とも……というハッピーエンドではないでしょうか。『裏窓』のDVDの特典映像で、批評家のロビン・ウッドは「『裏庭』にはヒッチコックの代表的なテーマが見られる イギリス時代から顕著だったものだ それは“男女間の絶対的な違い”」と解説しています。しかし、オバサン化する『裏窓』のジェフ、不味いフランス料理を食べさせる妻に次第に感化される『フレンジー』のオックスフォード警部、女弟子に対して「君の夫は私の夫も同然だよ」と不思議なセリフを何度も言う『白い恐怖』の老博士など、ヒッチコック作品にはロビン・ウッドの言葉とは正反対の男女の関係も繰り返し描かれていたはず、ということをジェーン・カンピオンは示したかったんではないでしょうか。



 何気なく見ても、親密感と信頼感に満ちたこの結末がなんだか私は好きですが、フラニーが授業の教材に使い、真犯人との対決の場も灯台、というように映画の中で意識的に用いられているヴァージニア・ウルフの『灯台へ』を読むと、ますます味わい深いものに感じられるような気がします。


 


 ジェーン・カンピオン作品は、付箋がビッシリ貼られた扉が可愛かったり、子どもの小さな襟に無駄に可愛い猫の刺繍が付いていたり、赤いハートと薔薇の花を持って歌い踊る小さなネズミの人形が可愛かったり、チマチマとした“おんなこども“の世界の作り方がいつも魅力的なのですが、食べ物はいかにも出てきそうでありながらあまり登場しません。ただあるひとつの食べ物アイテムだけは、他の映画では類を見ないくらいのコダワリが感じられ、毎回登場しています。それは何かというと……長くなっちゃったのでまた別の機会に。そのアイテムはもちろんこの映画にも登場しますが、食べ物はというと、警察の電子レンジから取り出されるマロイの夜食「カレー豆腐」くらいでした。カレー豆腐!? ものすごく気になるのですがアップで映されるのに紙皿をかぶせられていて、その実体は不明です。調べてみたら、ニューヨーク・タイムズのサイトにCurried Tofu With Soy Sauceというレシピを発見しました。

riceball ニューヨーク・タイムズの醤油風味のカレー豆腐

【材料】4人分
・キャノーラ油もしくはグレープシードオイル 大さじ2
・たまねぎ(大) 1個(皮をむいてみじん切りにする)
・カレーパウダー 大さじ1
・大きめに刻んだ胡桃もしくは無塩カシューナッツ 1カップ
・甘くないココナツミルク 1缶(約400ml)
・豆腐 1丁(大きめの約2cm角に切る)
・醤油 大さじ2
・塩、カイエンペッパー 適宜

【作り方】
・油をフライパンにしき、中火で約1分間熱する
・みじん切りした玉ねぎを加えて炒め、時々かき混ぜる
・約10分間、焦がさないように玉ねぎを飴色になるまで炒める
・カレーパウダーを加えて炒め、30秒間ほどかき混ぜる
・ナッツを加えて約1分間炒め、時々かき混ぜる
・ココナツミルクを加えてかき混ぜ、沸騰したら中火にする
・豆腐を加えて混ぜ、約3分間、熱する
・醤油を加えて混ぜ、醤油、塩、カイエンペッパーで味を整える
・白いご飯の上に盛る

 食べ物日記のくせに材料をそろえるのが面倒だったので、無印良品の「手づくりキット タイカレー グリーン」に豆腐を投入してみました。手づくりキットはスパイス、ココナッツミルクなどが全部セットになっていて噂に違わずとても便利です。『幸せのレシピ』で気になっていた「こぶみかんの葉」ともこのキットで初対面を果たしました。仕上げは醤油のかわりにナンプラー。さすが同じアジア人の食べ物! 豆腐を入れても美味しかったです。


 


 


 


 


 

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2010.09.20

ディア・ドクター(2009年)

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スイカを食べるつもりが、いわしの梅煮を食べちゃった。

 今年は暑かったのにスイカをまったく食べませんでした。アイスは死ぬほど食べたのに……。先日、時間があれば映画館に足を運ぶ映画好きな友人夫婦と久々に会ったので、スイカが出てくるオススメ映画を聞いてみました。旦那さんから返ってきた答えは成瀬巳喜男監督『秋立ちぬ』、山田洋次監督『母べえ』、西川美和監督『ディア・ドクター』、奥さんからは是枝裕和監督『歩いても歩いても』。後ろ三本は気になりながらも見てなかったので、さっそくまずは『ディア・ドクター』から鑑賞しました。西川美和監督は美人で自ら原作・脚本も書く才女であるうえに、美麗な映像とオシャレな雰囲気で語る癒しホッコリ映画とかじゃなくて、地味な地方を舞台にした陰鬱な人間模様に果敢に取り組むところが素敵です。ずっと応援したいです。


 


 棚田が広がる山村で、村医の伊野(笑福亭鶴瓶)が突然姿を消すという事件が起き、刑事の波多野(松重豊)と岡安(岩松了)が捜査を重ねるうちに隠された真相が明らかになるという映画です。事件の約一ヶ月前、研修医の相馬(瑛太)が村に赴任します。村に一軒しかない診療所の伊野は住民から全幅の信頼を寄せられ、ボランティアで各家を訪れて健康診断する熱心な医師でした。ある日、相馬と看護婦の大竹(余貴美子)を連れた伊野は、村人のマドンナ的な存在の鳥飼かづ子(八千草薫)を往診します。伊野はかづ子の病気に気が付きますが、東京で医師をしている三女のりつ子(井川遙)に心配をかけたくない、いまさら治療のために地元を離れたくないという彼女の願いを聞き入れて病気を隠し通します。ところが、そこへりつ子が帰省し……という話です。


 


 出ましたスイカ! しかし、なんだか私の目に留まってしまったのは、いわしの梅煮でした。伊野は昼間の往診のあと一人で再びかづ子の家を訪ね、彼女が晩御飯のほとんどを残している様子を見て、自分の診断に確信を持ちます。そして昼間みんなの前では口にしなかった彼女の本当の病気についての相談が始まります。この夜、かづ子が残していたおかずが、いわしの梅煮でした。梅煮によって話が展開するだけじゃありません。かづ子の隣で伊野は梅煮に乗せる大葉を刻みます。その手つきが医者らしからぬ不器用さであったため、かづ子は彼を見てくすぐったそうに笑います。そんな梅煮をめぐるなにげない伊野の動作や二人の温かい雰囲気も、映画終盤でジワジワと効力を発揮するのでした。


 


 この映画は“マドンナ”がダメだったら台無しだったと思うのですが、八千草薫は言うまでもなく、井川遙も、「この女性にそんなこと言われたらそう行動するしかない」という存在感を放っていたので、井川遙ファンとしては嬉しかったです。井川遙は美しくて、瞳がジャクリーン・ビセットに似ていて、笑顔が可愛くて、真面目で暗くて不器用な役も似合うところが好きで前々から応援してます。井川遙があんな健気な娘を演じる姿を見て、私はホロリとせずにはいられませんでした。


 


 


 私のいわしの梅煮は、家庭科の教科書、母の味の記憶、料理書の混合レシピです。いわし半尾でご飯一膳食べられるような甘くて濃いめの味付けです。でも、いわしの梅煮は、富山の実家の食卓にはあまり上らず、魚の煮付けといえば「ツバイソと茄子の煮付け」でした。ツバイソは東京で見たことないですが、ブリの幼魚だったんですね。最近知りました。私はアジやいわしを料理するとき、スプラッター映画とかが好きな人は魚をさばいたらいいんじゃないかとよく考えます。一人暮らしを始めたばかりの頃、アジを買って帰り、内臓をかき出しているうちに段々食べ物に見えなくなり、怖くなって全部そのまま捨てた、という恥ずべき行為を一度だけやりました。頭を切断して腹をかっ切って、指をつっこんで内蔵をかき出していると、いまでもたまに頭がクラッとします。

fish いわしの梅煮

【材料】
・いわし 4尾
・酢 大さじ3
・水 300ml
・砂糖 大さじ3
・しょう油 大さじ3
・酒 50ml
・しょうが 1かけ
・梅干 2個

【作り方】
・いわしの首を落し、内臓をかき出し、水でよく洗う。腹を裂いてしまうか、筒状で内臓だけかき出すかは人によって違うみたい。私がいつも腹を裂いてしまうのは、筒状で指を突っ込んだときに尻の穴からブニ~と内臓だかウンコだかが出てくるのが怖い根性なしのせい。
・鍋にたっぷりの水と酢を入れていわしを下茹でする。これは家庭科の教科書と一部の料理書にある手順だけど、いわしの栄養と出汁が逃げそうでもったいない気もする。いわしの臭みがとれるとか、骨がやわらかくなるといった意味があるらしいが、本当に必要なのかは実は半信半疑。でも下茹でしたほうが仕上がりがきれいになる気がする。
・水、酒、しょう油、砂糖、梅干を鍋に入れて温め、よく混ざったら、いわし投入。煮立ったら落し蓋をして20~30分煮る。梅干を崩して煮るレシピもあるけど、しょっぱく、くどくなるので、私は梅の香りがほんのりつくくらいが好み。
・梅干と生姜といわしの風味だけで十分美味しいけど、せっかくなので映画の真似をして大場を散らしてみたら、爽やかさが加わって確かに美味しかった。



 

 

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2010.09.10

ライフ・アクアティック(2005年)

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アンジェリカ・ヒューストンが食べさせてくれる山食パンのトーストと牛乳。

 ずっと暑かったですが、とうとう夏も終わりそうでさびしいです。この映画は海がいっぱい映るので、あまりに暑かった頃に、涼むために見ました。ウェス・アンダーソン監督の映画は物悲しくて嫌いじゃないのですが、いつまでも大人になりきれない息子と父の話ばっかりなので、女性の私としては警戒しつつ突き放しつつ鑑賞してます。しかし、この映画は不覚にも大泣きしてしまいました。


 


 主人公のスティーヴ・ズィスー(ビル・マーレイ)は海洋探検家かつドキュメンタリー映画作家です。クラウス(ウィレム・デフォー)、妻のエレノア(アンジェリカ・ヒューストン)、ペレ(セウ・ジョルジ)、ウォロダルスキー(ノア・テイラー)らがメンバーのチーム・ズィスーを率いてベラフォンテ号に乗り、世界中の海を冒険して作品を発表しています。しかしこの九年間はヒットがなく、盟友のエステバン(シーモア・カッセル)を失った冒険を記録した新作も映画祭で不評でした。スティーブは再起を賭けて、エステバンを殺したジャガーザメに復讐する旅を計画するのですが、そこへ彼の息子と名乗るネッド(オーウェン・ウィルソン)が現れ、チームに参加することになります。さらに、不倫相手の子どもを妊娠中の海洋雑誌の記者、ジェーン(ケイト・ブランシェット)も旅に同行することになり……という話です。

 スティーヴのモデルはフランスの海洋学者、ジャック=イヴ・クストーなのだそうです。確かにクストーとルイ・マルが共同監督した『沈黙の世界』を見たら、クストーはスティーヴと同じボンボン付きの赤いニット帽を被っているし、記録映画の字幕の書体も似てるし、船内でチェロを弾く乗組員がいるし、犬もいました。しかし、ウェス・アンダーソンとノア・バームバックによる音声解説では、クストーの名前を言っていると思われる箇所はすべて「ピー」という音で消されていました! 映画のエンドクレジットにはちゃんと「IN MEMORY OF JACQUES-YVES COUSTEAU ~」とあったのに。


 


 いつもの父と息子の話に重ねて、この映画で語られるのはニセモノの話です。ヤラセドキュメンタリー、クストーのパチモノのような主人公、ヘンリー・セリックのアニメによる架空の海洋生物、突然現れて息子と名乗る怪しい青年、ポルトガル語で歌う黒人のデヴィッド・ボウイ、不倫相手の子どもを妊娠中の恋人、三本足の犬、浮気しまくりの仮面夫婦などなど全編に“ニセモノ”たちが溢れ返ってます。そんな胡散臭いニセモノを笑っているうちに、ニセモノなのに人の心に忘れられない思い出を残したり、ニセモノのくせに固い絆を結んだり、最後は血のつながりを超えて父子が希望をつないでいく様が力強く描かれるので、気が付けば大泣きしていました。ウェス・アンダーソン映画おなじみの、端が歪むくらい広角で撮られたスタイリッシュな映像やおしゃれな色調、かっこいい音楽、かわいい美術など、端から端まで几帳面に作られた精巧な細工のような世界も、映画のテーマにぴったり合っているように感じます。


 


 


 


 ウェス・アンダーソン映画は、男性キャラクターがいつも似通っているように、女性もたいていアンジェリカ・ヒューストン演じる知的で強い“母“か、タバコを吸う“チンピラ娘”が登場します。ジェーンを演じるケイト・ブランシェットはひっきりなしにガムを噛んでますが、妊婦でなかったらガムはタバコだったはずです。そして今回のアンジェリカ・ヒューストンは子どものいない強い母で、父のない子を産もうとしているチンピラ娘のケイト・ブランシェットに、山食パンをフライパンで焼いて牛乳と一緒に与えます。ベラフォンテ号の中でチーム・ズィスーのみなさんはケーキを作ったり、カンパリを飲んだり、でかいロブスターを食べたり、モエ・エ・シャンドンのマグナムボトルを飲んだりして楽しい食べ物シーンがいっぱいあるのですが、女性二人で“ある秘密”について話すこの山食パンシーンが一番好きでした。ある子どもにこの上なく優しく栄養を与えつつ、ある子どもを途轍もなく残酷に抹殺する、すごいシーンです。


 


  


 


 


 

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