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2009.11.12

初恋のきた道(1999年)

Gyouza02
しめじ、椎茸入り、手作りきのこ餃子。

 今年の6月、餃子に凝っている友人宅の集いに参加して、餃子の作り方をちょっとだけ教えてもらいました。確かに餃子の皮は市販品より自分で作った方が美味しかったです。皮の伸ばし方のコツをなんとなく体得できたものの、その後、挑戦する機会がなかなかなかったのですが、とうとう作ってみました!
 
 映画の食べ物本というと、このチャン・イーモウ監督『初恋のきた道』に出てくるきのこ餃子が必ず掲載されていますよね。この作品は、映画のみならず原作(鮑十著『紀念』)も、映画とは違うかたちで食べ物がたくさん登場します。でも、この映画のチャン・ツィイーは可愛いすぎて、素朴な山の娘に見えなくて、ちょっとムカッ……!? ミスキャストと言いたくなるのは女の嫉妬でしょうか!


 


 映画は1998年ころから始まります。なぜならジェームズ・キャメロン監督『タイタニック』のポスターが壁に貼ってあるからです。父の急死の知らせを受けて故郷の黒竜江省三合屯に帰った息子が、父母が出会った1958年ころに思いを馳せるというお話です。回想シーンでは、都会からやってきた若き日の父、駱先生(ルオ・チャンユー)のために、葱のお焼き、栗ご飯と炒り卵、きのこ餃子をせっせと作る若き日の母、ディ(チャン・ツィイー)の姿が印象的に描かれます。



 実は原作は、村の学校を新しく建て直すために町までの長い道のりを歩く、晩年の駱先生の話がメインです。しかし、ディが作る料理が美味しそうなのは同じで、小麦粉をこねて円形にして焼いた餅(ビン)、ニラ玉炒め、山盛りのキュウリ、玉子入りのアワのお粥などが出てきます。ちなみに駱先生の好物は、映画ではきのこ餃子でしたが、原作ではニラ玉炒めでした。

 ディのけなげさ、教育にかける駱先生の情熱、美しい師弟愛にジーンとするのですが、中国の歴史を思うと、美しい回想シーンが重みを持って胸に迫ってきます。駱先生はディの作ったきのこ餃子を食べることなく町に連れ戻され、村人たちは「どういうことだ?」「右派だとか」と噂話をします。チェン・カイコー監督の『私の紅衛兵時代』(講談社現代新書)などを読むと、学校の食堂のメニューの文句を言っただけで右派と決め付けられ、その後、二十数年間も社会の底辺をさまよわなければならなかった友人の話が紹介されていたりして、1957年の反右派闘争の恐ろしさがわかります。駱先生もその抑圧を受けた一人なのでしょう。しかし大飢饉、文化大革命とさらに凄まじいことになる1960年代を思うと、1950年代はまさに「まだまし」という感じだったのではないでしょうか。『私の紅衛兵時代』に書かれた中国の1960年代の少年の話は涙なしには読めませんでした。


 


 張競著『中華料理の文化史』(ちくま新書)によると、現在の中国北部の主食は小麦粉なのだそうです。ディが作る餅(ビン)や餃子にも、土地柄が表れているのですね。張競先生はその本の中でお供え物について調べ、いつごろから北部では小麦粉が主食になったのかを探り、紀元前4世紀の少し前なのではないかと推理しています。



 この本によると、現代の中華料理は、歴代の料理書の中では『調鼎集』、袁牧著『随園食単』のレシピに近いので、18世紀の乾隆時代にはもう成立していたのではないかということでした。『調鼎集』は入手しにくいので、『随園食単』(岩波文庫、青木正兒訳)の餃子をチェックしてみました。



顚不稜。すなわち肉餃である。

麪粉(うどんこ)を糊状に溶いて、焼いて皮をこしらえ、肉餡を包んでこれを蒸す。その出来不出来は、全く餡の作り方いかんにあり、ただ肉を嫩(やわらか)くし、筋を去って調味料を加えさえすればよいのだ。私は広東に往ったおり、官(姓)鎮台(官名)のところの顚不稜を喫(た)べたが、甚だ佳(よ)かった。中には肉皮(かわ)を膏(あぶら)で煨(に)たのを用いて餡としてあったので、故に軟美に感じたのである。
 

 なぜ餃子を「顚不稜(ティエンプロン)」と呼んだのかについては、訳者の青木正兒が解説しています。半月形に由来があるのですが、そういう註釈も面白いので読んでみてください。しかし昔の餃子というのは、皮を焼いてから餡を入れて蒸すんですね。

 そして「餅」といってもいろいろあるんですね。張競先生の本で紹介している朝ご飯「芝麻焼餅」(小麦粉を発酵させ、細ねぎを入れて焼き上げた平たいパン)は、ドラム缶のような炉で焼くのだそうです。映画の中で「葱のお焼き」と訳されている餅は、小麦粉の生地に長葱を混ぜて、大きな中華鍋のようなもので焼いて、表面に茶色い汁を塗ってました。『随園食単』(岩波文庫)の焼餅は松の実とか胡桃とか氷砂糖が入っていて、炙くときは「両面鍋を用いて、上下に火を置かねばならぬ」のだそうです。

 ソニー・ピクチャーズのサイトに、ウー・ウェン先生が『初恋のきた道』を参考に料理を紹介したページがまだ残っていたので、このレシピと、我が家のレシピと、友人宅で習ったレシピをミックスして、きのこ餃子を作りました。

Gyouza01
皮から作ったのは初めてです。



《江別製粉・強力粉》はるゆたか(ブレンド) 5kg



鎮江香醋(中国黒酢) 10P26Oct09

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