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2011.05.28

ブラック・スワン(2010年)

Grapefruit
ポーチドエッグとグレープフルーツでブラックスワンダイエット?

 かつて山岸涼子先生の『アラベスク』や萩尾望都先生のバレエマンガに胸を焦がした日本の女子の一員としては、気になって見に行かざるをえませんでした。監督はダーレン・アロノフスキー、主演はナタリー・ポートマンです。不幸も恥辱も痛みもほどほどで、見た後にゲッソリ・ガックリとボディにこたえるような重厚な傑作というわけではないのですが、「偏愛する一本」となりました!



 主人公のニナ(ナタリー・ポートマン)はニューヨークシティバレエカンパニーのバレリーナ。芸術監督のトマ(ヴァンサン・カッセル)が、ベス(ウィノナ・ライダー)に代わって新しいプリマバレリーナを抜擢すると発表し、普段は大人しいニナも密かに野心を掻き立てられます。新しいプリマが踊る演目は「白鳥の湖」で、ニナは清純な白鳥のオデットは完璧に踊れるものの、王子を誘惑する黒鳥のオディールをうまく踊れません。オーディションでの自分の踊りに納得できなかったニナはトマに直談判に行き、彼女の内面に眠る激しさを買われてプリマに抜擢されます。しかしバレリーナだった母(バーバラ・ハーシー)との二人暮らしで羽目を外すこともなく生きてきたニナには黒鳥の悪魔的な魅力が表現しきれず、ライバルのリリー(ミラ・クニス)の登場でさらに焦りを感じ、次第に妄想に取りつかれ……という話です。


 


 同じくダーレン・アロノフスキー監督の『レスラー』を見たときは、古今東西こういう映画はたくさんあるとわかっていながらも、マリサ・トメイが『あしたのジョー』の白木葉子や紀ちゃん、『どついたるねん』の相楽晴子に重なって見えてしまい、ダーレン・アロノフスキーは本当は日本人なんじゃないの? と思わずにはいられませんでした。そしてこの『ブラック・スワン』を映画館で見たときも、ダーレン・アロノフスキーは山岸涼子先生の『アラベスク』とか萩尾望都先生のバレエマンガとか名香智子先生の『PARTNER』とかをチマチマ読んでた日本の女の子だったんじゃないの? などと再び思ってしまいました。


 


 女の子が芸術の高みを目指すことで女性としても成長するマンガに少女時代は燃えましたが、『のだめカンタービレ』のような隠れた天才が目覚める話ではなく、特に天才でもない女の子が芸術の高みに足を踏み入れる一瞬を熱く描く昔の少女マンガが好きです。天才の凄ワザを堪能できることよりも、ひとりの人間が普段いるところとは違う高み、別のステージに足を踏み入れる瞬間を人前で披露することこそが芸術の素晴らしさだと思うからです。『ブラック・スワン』が描いたものも、私にとってはまさにオールドファッションな少女マンガ。陳腐でわかりやすい展開なのにハラハラドキドキ、最後はニナと一緒に昇天! 号泣してしまいました。


 


 


 最後までシラけることなく鑑賞でき、「達する」に十分な楽しさが、この映画にはたくさんありました。そもそも、怖がりの私は大半をビクビクと指の隙間から見ていたのですが、次に何が起きるかわからない怖さや痛さをニナと共に味わったからこそ、最後にナタリー・ポートマンと一緒に「イけた!」と言えます。だんだん爆笑の領域に入っていく過剰なCGも楽しかったです。そしてなんといっても豪華なキャストがパーフェクトでした。ナタリー・ポートマンがいいのは言うまでもないのですが、モニカ・ベルッチのような女性を妻に持つヴァンサン・カッセルはいかにも色悪がピッタリだし、ウィノナ・ライダーに堕ちたプリマが似合いすぎるのは誰もが納得するところ。さらに面白いのは、ニナの母親をバーバラ・ハーシーが演じている点です。若い頃にはマーティン・スコセッシ監督の『明日に処刑を…』で自由奔放なヒロインを演じ、ドレスから片乳がポロリとはみ出ても屁でもない豪快ぶりを見せつけ、私生活でもデビッド・キャラダインと未婚のまま一児をもうけ、年齢を重ねてからはヘンリー・ジェイムズ原作『ある婦人の肖像』の世にも恐ろしい女・マール夫人を演じた女優、バーバラ・ハーシー。そのようにすべてのキャストが役からポロリはみ出す説得力があり、作品に深みを与えていたように思われました。


 


 プリマになって焦燥を感じる前のニナの世界は白やピンクがフワッフワしてて少女趣味。それは映画に登場する食べ物も同様でした。母親が用意するグレープフルーツと卵の朝食には「グレープフルーツのピンクが可愛いわ!」 と二人でキャーキャー。プリマになったお祝いに用意されたケーキは「あなたの好きなバニラとイチゴのケーキよ」と母親が言うとおり、ピンクのバラや黄緑の葉っぱ、バレリーナのトッパー、銀色のアラザンで飾り立てられています。本当はそんな愛くるしいケーキを私も作ってみたかったのですが、クリームをバラの形状に絞り出すにはまだ修行が必要なので、グレープフルーツとポーチドエッグの朝食をバレリーナ気取りで食べてみました。どうやらアメリカでは“ブラックスワンダイエット”としてちょっとしたブームになったようです。しかし実は、映画の卵は白身がもっとトゥルトゥルしてたので、あれはポーチドエッグではなく温泉玉子だったんじゃないか?と睨んでいるのですが、実際はどうだったのでしょうか。そもそも西洋に温泉玉子はあるのでしょうか?


 


 卵を求めて図書館にフラフラ行ったところ、いつも目を通すラルースの料理辞典はなんと現在修理中でした。震災の影響がこんなところにも! ポーチドエッグは明治三十六年(一九〇三年)にエスコフィエが書いた料理書『エスコフィエフランス料理/Le Guide Culinaire』(柴田書店 角田明訳)にも「Oeufs pochés」という名前で掲載されており、古くからの定番の卵料理であることがわかります。水に塩と酢を入れて、卵を割りいれて、約三分間茹でるというレシピも今とだいたい同じです。しかし今では茹でた後の卵は冷水に入れますが、エスコフィエの本では茹でた卵を冷まして形を整えた後に、塩を入れた熱湯に入れておけとありました。今よりも昔は卵の雑菌が怖くて、しっかり火を通すことが重要だったということなんでしょうか? それともただ単に温かい方が美味しいだけ?



 一方、温泉玉子らしきものは『エスコフィエフランス料理/Le Guide Culinaire』の中に見つけられませんでした。西洋人が白身もトゥルトゥルで楽しみたい場合は、どうやら「Oeufs à la coque」「Soft Boiled Egg」と呼ばれる殻付きの半熟玉子を食すようです。宮崎駿監督『カリオストロの城』でカリオストロ伯爵が玉子のてっぺんの殻だけを取り除いてスプーンですくって食べていたアレです。ちなみに温泉玉子の場合は白身が固まりきらない六十五度~六十九度で約二十分茹でるというレシピですが、「Oeufs à la coque」は沸騰した湯で三分間茹でる→沸騰した湯で一分間茹でる→火からおろして湯の中に三分間入れておく→水を入れた鍋に先ほどの卵を入れて沸騰したらすぐに引き上げる、というわかりにくいレシピでした。それにしても密かに温泉玉子まで登場させるとは、ますますダーレン・アロノフスキーは本当は日本人なんじゃないでしょうか?


 


 


 

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