« マイ・フェア・レディ(1964年) | トップページ | エクレール・お菓子放浪記(2011年) »

2011.06.14

トゥルー・グリット(2010年)

Corndodger02
ルースターとラビーフが銃で撃ちっこするコーンドジャー。

 先日、自転車に乗って『トゥルー・グリット』を見て来ました。同じ原作を一九六九年にヘンリー・ハサウェイ監督がジョン・ウェイン主演で映画化した『勇気ある追跡』も好きなシーンがある作品でしたが、このコーエン兄弟監督版では原作のテーマがさらに明確にされ、そのぶん苦くシビアな後味が残る一方で、叙情性もぐっと上乗せされ、甘辛い味わいがより濃くなっていました。思えば、同じコーエン兄弟のリメイク映画『レディ・キラーズ』を見たのは、九段会館でした。あの頃は、あの奇妙にも見える帝冠様式の建物に入れたのがちょっと嬉しかったものですが、まさか地震であんな惨事が起きるとは思いも及ばなかったです。


 


 


 舞台は南北戦争からしばらく経ったアメリカ。十四歳の少女・マティ(ヘイリー・スタインフェルド)が、殺された父の遺体を引き取りに、アーカンソー州とオクラホマ州の境にあるフォートスミスにひとりでやってきます。父を殺した元使用人のチェイニー(ジョシュ・ブローリン)がお尋ね者のネッド(バリー・ペッパー)の一味に加わり、オクラホマの先住民居留地へ逃亡したことを知ったマティは、保安官のルースター・コグバーン(ジェフ・ブリッジス)を金で雇い、復讐の旅に出発することになります。そこへ別の事件でチェイニーを追っているテキサスレンジャーのラビーフ(マット・デイモン)も加わり、三人は危険な無法地帯へと馬を進めるのですが……という話です。



 『勇気ある追跡』は、意外と食べ物がいっぱい出てくる映画で、コグバーンと一緒に暮らす東洋人のチャン・リーが分厚く切るベーコンやコグバーン家でのビスケットと豆の夕食、マティが泊まった宿屋で供される団子と骨付きチキンのスープ、焼きっぱなしのスポンジにジャムらしきものを挟んだだけのシンプルなレイヤーケーキなど、アメリカ風な食べ物がどれも美味しそうでした。しかしうって変わって二〇一〇年版の『トゥルー・グリット』には食べ物がほとんど出てきません。それだけでなく、コグバーンの酔いどれ独身生活を、チャン・リーや「将軍」という名の猫と気ままに暮らす“ちょっとした理想郷”のように描くシーンもありませんでした。豊かな食べ物や楽しい共同生活の映像を徹底的に排除しているところにも、お尋ね者を追って暮らす州境の生活がそんなにいいものではないということを、リアルにシビアに描こうとするこの映画のトーンが貫かれています。


 


 そんななか、一九六九年版にも、二〇一〇年版にも出てくるのが、「コーンドジャー」というトウモロコシのパンでした。コーンブレッドのようにフワッとしたものなのかと思ったら、ジョン・ウェインが齧る音も、ジェフ・ブリッジズがバラバラとカバンから落とす音も乾いていて、いかにも味気なく固そうな食べ物です。調べてみると、古いアメリカ南部の料理書のいくつかにコーンドジャーのレシピが載っていました。だいたいのレシピはしごく簡単で、トウモロコシの粉に少量の塩を入れ、冷水を加えて混ぜて生地にし、形を作ってオーブンで焼くだけです。『勇気ある追跡』も『トゥルー・グリット』も丸いクッキーかパンのように見えましたが、料理書によると長細く作ることが多かったようです。珍しいものでは、塩豚とカブの葉を煮込んだスープに団子のように入れて加熱するレシピもありました。


 


 コーンドジャーが食べられていた十九世紀から時が経ち、HeraldNet.comの記事で紹介されているレシピは、油が入り、ベーキングソーダ、砂糖、バターミルク、バター、卵、ベーキングパウダーも入って、もっとリッチな味わいに改良されています。しかしせっかくなので私は、水と塩だけのレシピで作ってみました。当然まったく膨らまずカチカチです。しかし、この味、何かに似ている……。そう! 「とんがりコーン」にちょっと似ていました! しかし固く味も貧相で栄養価も低く、決して日常のおやつにするようなものではありません。


 


 


 

|

« マイ・フェア・レディ(1964年) | トップページ | エクレール・お菓子放浪記(2011年) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/74928/51828909

この記事へのトラックバック一覧です: トゥルー・グリット(2010年):

« マイ・フェア・レディ(1964年) | トップページ | エクレール・お菓子放浪記(2011年) »