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2011.12.17

しあわせの雨傘(2010年)

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留守番を命じられたピュジョル氏が食べるのはキッシュ。

 先日、神保町シアターの「デビュー60周年 女優 岡田茉莉子」特集に行って、岡田茉莉子さまにサインと握手をしてもらいました。温かくて小さくてほっそりした手は、紛れもない美女の手。戦後の邦画黄金期に活躍した女優さんに握手してもらえるなんて生まれて初めてで今でも夢みたいです。サイン会の直前に見た中村登監督『集金旅行』(一九五七年)がセックスと金をネタに笑わせるフランスとかイタリアの映画のような大人っぽいコメディで素敵だったのでさらに感激し、ふと喜劇も悲劇も似合う女優・茉莉子さま主演で、フランソワ・オゾン監督『しあわせの雨傘』みたいに、大女優にリスペクトを捧げるコメディを撮ったらいいのになあと思いました。往年の映画女優はまだたくさんご存命ですが、茉莉子さまの過去作のパロディが一番面白いような気がします。『秋津温泉』の横移動のカメラや走りまくる茉莉子さまを思いっきりパロディの素材にしたようなコメディが見たい!? ちなみにカトリーヌ・ドヌーヴは一九四三年生まれ、ちょうど茉莉子さまの十歳年下です。


 


Syukin
集金旅行


 『しあわせの雨傘』の舞台は一九七七年。主人公のシュザンヌ(カトリーヌ・ドヌーヴ)は父が創業した雨傘工場(!)を継いだ婿養子のピュジョル社長(ファブリス・ルキーニ)のよき妻です。娘のジョエル(ジュディット・ゴドレーシュ)は旅に出てばかりの夫と離婚すると息巻き、息子のローラン(ジェレミー・レニエ)は芸術家志望で無職ですが、幸せな日々を送っていました。ある日、雨傘工場でストライキが起きてピュジョル社長が監禁されます。シュザンヌは昔の恋人のババン市長(ジェラール・ドパルデュー)の助けを借りて夫を助け出したものの、ピュジョル社長は疲労がたたって入院します。そこで夫が不在の間、シュザンヌが労働者と交渉して社長業を行うことになり…という話です。


 


 カトリーヌ・ドヌーヴが演じてきた女性たちを思い起こさせる内容になっていて(『シェルブールの雨傘』『昼顔』『終電車』『哀しみのトリスターナ』など)、コメディなのにシュザンヌに深みと説得力がありすぎて面白いです。しかもシュザンヌは、俗物の典型のようなブルジョワの夫とロマンチストすぎる左翼の市長、その二人に愛されつつ両方に貶められることで、彼女の「ブルジョワの妻」「貞淑な妻」「お飾りの壷」「闘士の恋人」といった肩書きや形容詞がどんどん剥ぎ取られ、単なる「女」になって自力で這い上がっていくところがまた面白いです。どれが本当の顔かわからないほどいくつもの顔を持っているが故に「女」としか言いようのない女、ってまさにカトリーヌ・ドヌーヴが何度も演じてきた役柄ではないでしょうか。セックスしまくる女性のことを、抑圧されて不満がたまりまくって心に闇を抱えているとしか描けない『恋の罪』の監督はフランソワ・オゾンの女性観をちょっと見習ってほしいです。


 


 裕福なピュジョル家にはメイドがいるのでもちろん奥様のシュザンヌは料理や配膳などはしないのですが、息子と喋りながらローストチキンに詰め物をするシーンがありました。もちろん台所には立たず、舞台はリビングです。そういう特別なごちそうの詰め物は奥様がやるという習慣があるのでしょうか? それともやはり、ピュジョル氏の朝食を運ぶシーンと同じように、メイドの仕事もこだわらずにやるシュザンヌの気さくな人柄の表れなのでしょうか。ちなみにアガサ・クリスティによる名探偵ポアロが主人公の短編集『クリスマス・プディングの冒険』(一九六〇年刊行)には以下のようなシーンがあります。七面鳥に何を詰めるかを決めているのは女コックのミセス・ロスです。

「それにしても、あなたは天才ですぞ、ミセス・ロス! 天才だ! あんなすばらしい料理を味わったのは、わたしも生まれてはじめてですぞ。あのカキのスープ--」彼は唇で表現たっぷりな音をたてた。「それから、あの詰め物。七面鳥の栗の詰め物、あれは、わたしの経験でも、まったく類のないものだった」
「あなたさまからそうお聞きしますのは、奇妙ですわ」とロスおばさんはしとやかに答えた。「あの詰め物は、特殊な料理法によるものなのでございます。もう何年も前に、一緒に働いていましたオーストリアの料理人から、教わったものなのでございます。ですけれど、あとのものは、ただの、正真正銘の、イギリス料理なのです」
(アガサ・クリスティー『クリスマス・プディングの冒険』早川文庫より)



 ローストチキンは真似して作るには大物すぎるので、シュザンヌに会社を乗っ取られたピュジョル氏が家で昼に食べる冷蔵庫のキッシュをわが家でも作ってみました。といってもフランス語がわからないので、まずは『ジュリー&ジュリア』でおなじみ、ジュリア・チャイルド著『Mastering the Art of French Cooking』(一九六一年刊行)をチェックしてみました。日本でキッシュがポピュラーになったのはここ十年のような気がしますが、アメリカではこの本が発売される頃には既に「作るのが簡単で食欲をそそる前菜」として知られていたようです。そしてサラダと温かいフランスパンと冷えた白ワインと一緒に食べることで、まさに「完璧なランチもしくは軽い夕食」になると書いてありました。


 


 もう一冊チェックしたのはアメリカ人のフードライターであるリチャード・オルニー著『The French Menu Cookbook』(一九七〇年刊行)です。この本は二〇一〇年にイギリスのオブザーバー紙が選ぶ料理本ベスト五〇の第一位に輝きました。キッシュは“形式ばらない春のディナー”の一品として紹介されています。メニューは以下の通り。そして量がちょうどよく思われたのでこちらのレシピを真似して作ってみました。しかし平たいタルト皿を使ったので卵液は大幅に余ってしまいました。卵は2個、生クリームはソース用1/2カップ、追加用1/2カップくらいに減らすか(それでも余るかも)、五センチくらいの深さのある型で焼くかをオススメします。また、海老は大好きなんですが、海老を食べて激しい運動をすると顔と手がパンパンに腫れて手のひらが痒くなるというアレルギー持ちなので、魚屋で白身魚のアラを安く買って出汁を取り、具は牡蠣にしました。あともったいないので牡蠣と炒めた後のミルポワも入れちゃいました。「真似して」と言いつつ、全然違いますね。


 


wine 形式ばらない春のディナー

●生野菜の前菜
ドライすぎずリッチすぎない軽い、若い白ワイン
プイィ・フュメ、プイィ・フュイッセ、シャートヌフ・デュ・パプ、サヴィニエールなど

●海老のキッシュ
ワインは上と同じ

●鶏の赤ワイン煮
古過ぎず立派な産地すぎない四~五年の古いバーガンディ(コート・ド・ボーヌ、ニュイサンジョルジュ、フィサンなど)
もしくはトゥーレーヌの赤ワイン(シノン、ブルグイユ) 
冷たすぎず冷やして飲むこと

●蒸し芋

●野生のグリーンサラダ

●チーズ
上と同じワイン
もしくはより古いバーガンディー
コート・ド・ニュイ(シャンベルタン、ボンヌ・マール、ヴォーヌ・ロマネ、エシェゾーなど)

●フラメリー・ラズベリーソース
ソーテルヌ
(リチャード・オルニー著『The French Menu Cookbook』より)


 


scorpius リチャード・オルニーの海老キッシュ

【材料】
●生地
・中力粉 2/3カップ
・塩 ひとつまみ
・バター 6tbs(3オンス)
・冷水 2と1/2~3tbs 

●フィリング
・ミルポワ 2 tbs(もしくはにんじん1本、中タマネギ1個、タイム、ベイリーフ、塩、こしょう、バター2tbsで事前に作る)
・新鮮な小さい海老 3/4パウンド
・オリーブオイル 1tbs
・塩、こしょう ひとつまみ
・コニャック 1tbs
・ドライの白ワイン 1/2カップ
・生クリーム 1/2カップ(ソース用)

・卵 3個
・塩、フレッシュな丸ごとの胡椒
・生クリーム 1カップ 
・小さいひとつかみのおろしたグリュイエルチーズ

【作り方】
・小麦粉と塩をふるいにかけたらボウルに入れ、サイコロ状にカットしておいたバターと指かナイフで混ぜる。バターは冷たく固いまま粉によく練り込み、ドロドロのピュレ状にならないよう気をつける。冷水を加えてネバネバのかたまりにしてサランラップで包み、二時間冷蔵庫にねかしておく。
・打ち粉をした板の上で生地の玉に打ち粉をして丸いパティの形にし、すばやく伸ばしてパイ皿かタルト皿に敷く。焼いている間に生地が変形しないようにフォークで生地を数箇所さして穴を開けておく。タルト皿に敷いたパイ生地の上にクッキングペーパーを乗せ、焼いている間に生地が膨らまないようにパイ用重石や渇いた豆、生の米などを置く。 15分ほど175℃~190℃で焼く。重石とクッキングペーパーを取り除いて、さらに3~4分焼く。

・海老を洗ってタオルで拭いて乾かす。まだ殻から取り出さないこと。
・フライパンでオリーブオイルを熱し、海老とミルポワ、塩、こしょうを加え、強火で海老が全面ピンクになるまで混ぜる。コニャックを加え、アルコール分を飛ばして混ぜ続ける。さらに白ワインを加え、アルコールがほとんどなくなったら火からおろして粗熱を冷ます。
・海老の殻を外し、殻の尻尾の部分を10~12個取り外す。その尻尾をすり鉢ですりつぶして生クリームを混ぜ、小さなソースパンに移して加熱する。沸騰したら漉し器に通す。残りの殻をすりつぶして取った汁も加える。
・海老を生地の端に並べて、残りの海老はカットしてバラバラにして並べる。

・ボウルに卵、塩、新鮮な胡椒、先ほど作った海老風味のクリーム、追加の1カップの生クリームを混ぜて、電動泡だて器でよくかき混ぜる。その生地を生地を敷いた皿に注いだら、表面にチーズを散らす。175℃~190℃で約30分焼く。焼いた後、約30分間、ドアを開けた状態でオーブンの中に置いてねかしたほうがいいかもしれない。熱々ではなく温かい状態で食べるのが好ましい。
(リチャード・オルニー著『The French Menu Cookbook』より)


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映画の舞台と同じ70年代のレシピで作ってみた。


 


 


 


 


 

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