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2012年3月

2012.03.10

プロヴァンス物語 マルセルの夏(1990年)

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映画のタルトはもっと明るい色でツヤツヤしてた。

 昨年末、富山の母が魚津市の加積のりんごを送ってくれたので、最後の三個でタルト・オ・ポム(tarte aux pommes)を焼きました。日本のりんご産地最南端がこの加積で(富山県農林水産部のサイト)、他の産地より雪の降り始めが遅いぶん、じっくり完熟させられるため、蜜たっぷりの甘いりんごを収穫できるのだそうです。母は昔から、このりんごが大好きで、毎年どっさり送ってくれます。オープンタイプのりんごパイ・タルトが美味しそう…というと思い浮かぶのは、『ギャルソン!』や『港のマリー』などのフランス映画です。映画の中のタルトは私が普段、食べているものよりたいてい薄くて大きく、その外国規格の形状が、日本では味わえない美味しさと洗練を想像させます。イヴ・ロベール監督『プロヴァンス物語 マルセルの夏』に出て来るタルトも大きく、黄色い実がつやつやしていて、見るからに「幸せな家庭のおやつ」でした。


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 映画の舞台は二十世紀初頭のフランスです。オーベーニュでのマルセルの誕生から回想が始まり、その数年後、マルセイユ近郊のサン=ルーに引っ越したマルセル(ジュリアン・シアマーカ)一家が、母(ナタリー・ルーセル)の療養のためにプロヴァンスのベロン村の別荘で過した夏休みの思い出が描かれます。広大な丘陵地帯で、父・ジョセフ(フィリップ・コーベール)と叔父のジュール(ディディエ・パン)が楽しみに計画していたのは、山うずらやウサギの狩でした。しかし、町の教師である父にとっては初めての経験で、尊敬する父が恥をかくのではないかとマルセルは気が気ではありません。狩猟の解禁日、陰から父を応援するため、父と叔父の後をこっそりつけて行ったマルセルは、途中で道に迷ってしまい……という話です。


 


 戯曲家、詩人、映画監督のマルセル・パニョルの少年時代の回想記が原作で、描かれているのは一九〇三年頃のフランスだと思われます。主人公のマルセルは三歳にして文字が読めた賢い子です。しかし、鼻クソを人差し指の爪で掻き出すのを得意としていたり、臍のボタンを外して赤ちゃんを産むと信じ込んでいたりする、普通の子どもでもあります。そんなあどけないマルセルが、狩に不慣れな父を心配し、丘の上からこっそり後をつけ、丘の上と下で息子と父が平行線を描く画が面白いです。しかし、いつの間にか、獲物を見つけるはずの自分が自然に惑わされ、父の誇りを守るつもりが自分自身の誇りが危機にさらされていることにマルセルは気付きます。父との平行線が崩れてからこそが、マルセルの物語の本当の始まりなのでした。さらに、同じスペインからの移民の子孫でありながら、宗教や自然から離れてしまった父と、熱心なカトリック教徒で狩猟が得意な叔父との対比や、マルセルとは生活も知識も異なるプロヴァンスっ子のリリの存在が、夏休みのささやかな思い出に、歴史や時代の重みを持たせます。


 


 そんなマルセルにとって、お母さんはひたすら美しく優しい“永遠の十九歳”で、大切な恋人のような存在です。実際、お母さんを演じるナタリー・ルーセルがあまりに可愛らしく美しいので、気になって調べてみると、彼女は、『女の都』や『ファニーとアレクサンデル』『ラルジャン』『ノスタルジア』など数々の名作のプロデューサーとして知られるダニエル・トスカン・デュ・プランティエの息子と結婚し、子どもが二人いて、主にテレビで活躍しているのだそうです。しかもダニエル・トスカン・デュ・プランティエは、奥さんをアイルランドのコークの別荘で何者かに殺害された「ソフィー・トスカン・デュ・プランティエ事件」という未解決事件でも有名な人物とのこと。プライベートでもなかなか劇的な人生を送っている女性のようですが、美味しそうなタルトは、そんなナタリー・ルーセル演じる美しいお母さんが、オーベーニュの家でマルセルに食べさせるおやつとして登場します(原作には出てこない)。


 


 どっしりしたクローズドタイプのアップルパイというと昔のアメリカ映画にいっぱい出てきますが、タルト・オ・ポムはどれぐらい古い、定番菓子なのでしょうか? この映画の原作で登場するのは実は「クリームをかけたアーモンド入りのパイ」と「泡雪クリームをかけた杏パイ」です。一八九七年に発表された戯曲、エドモン・ロスタン著『シラノ・ド・ベルジュラック』に出てくる有名なタルトレットの製造法の詩も、中に入っていたのは「杏」でした。 『エリザベス・ゴールデンエイジ』で今よりもさらに下手糞なりんごタルトを作ったときは、十六、十七世紀のイギリスの料理書のりんごタルトについて調べまくっていたのですが、フランスはどうなんでしょうか? なにしろフランス語がわからないので、ヒントを求めて、バーバラ・ウィートン著『味覚の歴史 フランスの食文化 中世から革命まで』(藤原書店)を読んでみました。すると一六五三年に出版された『Le Pâtissier françois』に、りんごタルトの原型が掲載されているようです。


 


 それはtourte d'œuf aux pommesという菓子で、復刻された原書を見てみると、確かに掲載されていました。現在のようなタルトではなく、りんごと砂糖、小麦粉、卵を混ぜたものをトゥルティエールという型に入れ、オーブンで焼く、というもので、タルト・オ・ポムとは違うのですが味は似ていそうです。ではタルト・オ・ポムはいつ料理書に登場するのでしょうか? バーバラ・ウィートンが次に紹介していた、さらに約百年後に出版されたヴァンサン・ラ・シャペル著『現代の料理人』(一七四二年)を見てもパイやベニエのレシピはいっぱい載っているのに、甘いタルトは見当たりません。それがうってかわって、一八〇八年に出版されたムノン著『ブルジョワ家庭の女料理人』を見ると、マーマレードやコンフィチュール、タンバル、シロップ、メレンゲなど甘いものがどっさり掲載されていました。そしてフィユタージュを薄くのばした上にクリームやコンフィチュールを乗せてオーブンで焼いて上から砂糖をふりかける、Tartelettesのレシピを発見!


 


 しかしまだタルト・オ・ポムに辿りつけません。さらに約百年後、十九世紀のレシピをまとめた料理書の決定版というと、オーギュスト・エスコフィエ著『Le Guide Culinaire』(一九〇三年)です。見てみると、タルト生地の作り方は掲載されているのですが、「tarte aux pommes」そのものは載っていませんでした。しかし昼食のメニュー例の中にフルーツタルトが…!


エスコフィエ『Le Guide Culinaire』の昼食のメニューより

オードブル
卵のココット
舌ビラメの悪魔風グリエ
キジのポワレ セロリ添え
フォアグラのパルフェ
秋のサラダ
チョコレートスフレ
フルーツタルト



 それでも、タルト生地のレシピは載っていても、フルーツタルトのレシピは載っていません(シャンピニオンのタルトやアニスのタルトなどはある)。紹介するまでもなく定番だったということなのでしょうか? タルト・オ・ポムについては、またいろいろ調べてみたいと思います。とりあえず私のりんごパイは、『しあわせの雨傘』で紹介したキッシュと同じ生地で作ることができる、リチャード・オルニー著『The French Menu Cookbook』のレシピで作りました。紅玉で作るのがおすすめとよく言われますが、私は普通のりんごで作った酸っぱいタルト・オ・ポムも嫌いじゃないです。下の分量だと、21cmの型だと生地がちょっと足りない感じでした。中力粉を100gくらいにしても大丈夫じゃないかと思っております。


apple リチャード・オルニーのタルト・オ・ポム

【材料】
●生地
・中力粉 83g
・塩 ひとつまみ
・バター 6tbs(3オンス)
・冷水 2と1/2~3tbs 

●フィリング
・ラセット種のりんご 453g
・バター 4tbs
・シナモン ひとつまみ
・卵 2個
・砂糖 100g
・生クリーム 280ml

【作り方】
・小麦粉と塩をふるいにかけたらボウルに入れ、サイコロ状にカットしておいたバターと指かナイフで混ぜる。バターは冷たく固いまま粉によく練り込み、ドロドロのピュレ状にならないよう気をつける。冷水を加えてネバネバのかたまりにしてサランラップで包み、二時間冷蔵庫にねかしておく。
・打ち粉をした板の上で生地の玉に打ち粉をして丸いパティの形にし、すばやく伸ばしてパイ皿かタルト皿に敷く。焼いている間に生地が変形しないようにフォークで生地を数箇所さして穴を開けておく。タルト皿に敷いたパイ生地の上にクッキングペーパーを乗せ、焼いている間に生地が膨らまないようにパイ用重石や渇いた豆、生の米などを置く。 15分ほど175℃~190℃で焼く。重石とクッキングペーパーを取り除いて、さらに3~4分焼く。
・りんごの皮をむき、芯を取ってスライスし、やわらかく半透明になるまでバターで加熱する。ただし、形を崩さないように気をつける。ラセット種のりんごは独特の香りを持っているだけでなく、いい形をしている。
・焼いたタルトの底にりんごのスライスを並べて覆い、シナモンをわずかにふりかける。
・黄色が明るくなるまで、卵と砂糖をかき混ぜる。
・生クリームに混ぜて、タルトに敷いたりんごの上にその混合物を注ぐ。
・卵液が固まり、タルト生地が金色になるまで中火のオーブンで焼く。
・粗熱を取って、温かい状態で給仕する。



 

 

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