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2012.04.24

メランコリア(2011年)

Meatloaf02
キルスティン・ダンストはミートローフを食べて吐く。

 初めて見たラース・フォン・トリアー監督作品は、デートで映画館へ見に行った『ヨーロッパ』。その後も話題作は見ているけど、キリスト教や古典やヨーロッパの歴史などの知識があんまりないのに見てもしょうがない内容が多いのと、女いじめが過ぎるのとで、ラース・フォン・トリアー監督作品は気軽には見に行かないようにしていました。しかしこの『メランコリア』に関しては、「ラース・フォン・トリアー監督作品が大っ嫌い!!!」と公言している町山広美さんと山崎まどかさんが絶賛していたのが面白かったので、日比谷のみゆき座に見に行きました。私が見に行った後に早々と上映は終了しちゃったようですが、なんとなく心配した通り、「鬱々してる自分勝手な“不思議ちゃん”が地球の滅亡を予言し、言った通りに惑星が地球に衝突しそうになってから妙に張り切る困った映画」と多くの人が思っちゃったのが不入りの原因? 私はたいへん楽しく見ました。


Melancholia
メランコリア(DVD)


 


 結婚式の当日を迎えた新婦のジャスティン(キルスティン・ダンスト)は若く美しく広告代理店に勤める優秀なコピーライター。ハンサムで優しい新郎のマイケル(アレクサンダー・スカースガード)にも心から愛されています。姉のクレア(シャルロット・ゲンズブール)とその夫のジョン(キーファー・サザーランド)が所有する美しい城館で行われる結婚式は、なんの問題もなく始まったかのように見えました。ところが、ジャスティンは鬱病の症状がどんどん悪化し、おどけてばかりの父(ジョン・ハート)は頼りにならず、変わり者の母(シャーロット・ランプリング)は勝手な行動を取り続け、式は混乱に陥っていきます。そんな中、赤い星アンタレスが消え、惑星メランコリアが地球に異常接近し……という物語です。


 


 主人公の家族からして国籍も歴史もまったく想像できないメンバーであるところが笑っちゃっうのだけど、広告代理店の上司と後輩との会話も薄っぺらで、いつものラース・フォン・トリアー作品と同じように現実味はゼロ。それでも映像の素晴らしさは有無を言わせず、キルスティン・ダンストは輝くばかりに美しく、女をいじめていじめていじめ抜いて堕ちるところまで堕とすいつものラース・フォン・トリアーとは違っていました。



 なぜトリアーは女いじめをやめたのかというと、数々のインタビューで彼自身が答えているように、欝病に苦しむ自分を女主人公に投影したからです。ではなぜそれが惑星や女性や予言や世界の終わりのイメージになるのかというと、それはトリアーが発明したわけではなく、ヨーロッパには土星とメランコリー気質(憂鬱症)を関連づける文化があるからで、ミルトンとかキーツとかデカルトとかフーコーとかを読んでいる賢い人には常識なのかもしれないけど、私は若桑みどり先生の著書でたまたまそんな話を読んでいたのでワクワクしながら見ました。


 


 せっかくなので、この機会にエルヴィン・パノフスキーらの共著『土星とメランコリー』やミシェル・フーコー著『狂気の歴史』も読んでみたら、トリアーがインスピレーションを得たと思われるイメージや論考がいっぱい詰まっていました。ということは映画に出てくる食べ物もきっと、はっきりしたイメージを持って撮られていたに違いありません。


Melancorias
土星とメランコリー―自然哲学、宗教、芸術の歴史における研究


 ではジャスティンは何を食べていたのかというと、姉のクレアが自分のために用意してくれた好物のミートローフをひとくち食べて「灰のようだ」と言って吐いてしまう一方で、ベリーのジャムは瓶に指を突っ込んで貪り食べます。惑星メランコリアが地球に接近する朝も、姉が焼いてくれたパンケーキには手をつけず、コーヒーを飲んでいました。結局、ジャスティンが食べていたのは、ベリーのジャムやチョコレート、コーヒーなど黒い物ばかりです。これは、古代からメランコリアが「黒胆汁」という意味であることや、アリストテレスらが「黒い葡萄酒が、他のなにものにも劣らず、人を憂鬱症の人間と同じような性格にする」と書いていることに関連づけてあるのでしょう。私はゴマもチョコレートも黒酢も黒豚も好きだけど、欝気質じゃないので、ミートローフを作ってみることにしました。


 


 ミートローフの起源は紀元前五世紀のローマまで遡れるとされ、アピキウスの『料理大全(De Re Coquinaria)』には、ウサギのひき肉と、松の実、アーモンド、胡椒、卵などを混ぜて豚の大網膜で包んでオーブンで焼く、「LEPOREM FARSUM」というミートローフに似た料理が掲載されているそうです。これがドイツのミートローフ、Falscher Hase「偽うさぎ」になり、アメリカやイギリスのミートローフになったとのこと。そのアピキウスも著書の中で「黒い鳥や黒い魚を食べるとメランコリア(黒胆汁)が増える」と書いています。ミートローフが印象的に映画に登場するのはメランコリアが誕生した古代に思いを馳せて? それともジャスティンやクレアや城館のイメージの元になっていると思われるサド侯爵の『悪徳の栄え』の睾丸の挽き肉や少年の尻の肉のイメージ? 



 イギリスの『ビートン夫人の家政読本』(一八四七年)にもアメリカの『The Boston Cooking Shool』(一八九六年)にも、ミートローフは「Veal Loaf」という料理名で掲載されていて、両方ともロースト済みの肉を材料に使っていることに驚きます。きっとローストビーフの残り物を活用するための料理になっていたのでしょう。わが家ではシンプルにパセリ、塩胡椒、牛豚の合いびき肉、つなぎの溶き卵を混ぜて、二〇〇℃のオーブンで三十分焼いて、ケチャップをかけて食べたらとても美味しかったです。

fastfood ビートン夫人のミートローフ

【材料】
・冷たいローストした子牛肉をよく挽いたもの 1lb
・ソーセージミート 1/2lb
・パン粉 2tbs
・グレービーもしくはスープストック 少量
・卵 1個
・塩コショウ

【作り方】
子牛とソーセージミートとパン粉を混ぜ、塩コショウでしっかり味付けし、卵を加える。よく混ぜて、グレービーもしくはスープストックを少しずつ加え、十分にしっとりするまで混ぜる。短く厚い円筒形にして、小麦粉で軽く覆う。もしくは節約しなくていい場合は、卵とパン粉でくるむ。中火のオーブンで1時間焼き、時々熱い油をかける。出来上がったら、熱いままでも冷めても食べられる。熱い状態で食べるときは、美味しいグレービーか味に合うソースを添えよう。

bookイザベラ・メアリー・ビートン著 『MRS. BEETON'S BOOK OF HOUSEHOLD MANAGEMENT』より



fastfood 『The Boston Cooking Shool』のミートローフ

骨に沿って切って、子牛の膝をバラバラに分ける。水分をふいて、脂肪の無い1ポンドの牛肉とタマネギ1個を鍋に入れる。沸騰した水に浸し、牛肉が柔らかくなるまでゆっくり加熱する。水気を切って牛肉をよく挽いて、塩コショウでしっかりと味付けする。型の底に固ゆで卵のスライスとパセリを並べる。肉の層、薄くスライスした固ゆで卵の層を置き、よく刻んだパセリを散らして、残った肉で覆う。上から1カップ以下の酒を浴びせる。押して冷やして固まったら、お皿に開け、パセリで飾る。

book ファニー・ファーマー著『The Boston Cooking Shool』より



 ミートローフから黒いベリー、ブリューゲル、ゴヤ、オフェーリア、サド、トリスタンとイゾルデまで、先人たちのイメージを拝借しているトリアーをいけすかなく思うかと言えばそんなことはありませんでした。古代から中世においては星に定められた不幸な運命とされていたメランコリー気質は、ルネサンスでは不吉な星から解放され、知的で思索に向いている天才の気質とされたけれど、ジャスティンはさらにその上を行き、星に支配されるどころか星と一体化し、世界まで滅ぼしてしまいます。闇を背に橙の光に包まれて緑の芝の上を花嫁姿、湿った暗い岩の上で星に呼応して青光りする裸体が美しいジャスティンの狂気の物語は、豊かで感動的でした。この映画も、トリアーが引用しまくった狂気のイメージの歴史に、新たな素晴らしい一作として加えられるんじゃないでしょうか。


 


 

  

 


 

 

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