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2012年4月

2012.04.30

港のマリー(1949年)


Tarte01
クールティーヌさんのタルト・オ・ポム・バリノワーズ。

 『プロヴァンス物語 マルセルの夏』日記でタルト・オ・ポムが出てくる映画を思い出していたときに、おととし自分が書いた、マルセル・カルネ監督『港のマリー』日記を読んだら、あまりに無内容で酷かった!(今も変わらないけど)。それで、もう一度『港のマリー』を見たら、やっぱり何を言いたい映画なのか、さっぱりわからない……。同じ「マリー」としては、理解できないまま彼女を捨て置けなかったので、ジョルジュ・シムノンの原作を読んでみることにしました。



 映画は、オディール(ブランシュ・ブリューワ)とシャトラール(ジャン・ギャバン)が、故障した自動車を田舎道で修理するシーンから始まります。オディールは父親の葬式に参列するため、情夫のシャトラールはそのつきそいで、シェルブールからポル・タン・ベッサンへ向う途中でした。父親を失ったオディールの弟妹は伯父に引き取られることになるのですが、十八歳の妹マリー(ニコール・クールセル)だけはポル・タン・ベッサンに残ってカフェで働くといって譲りません。気の強いマリーが気に入ったシャトラールは、港で古い船を買い取り、マリーが働くカフェに頻繁に顔を出すようになります。そんな二人の関係に、マリーの恋人のマルセル(クロード・ロマン)が嫉妬してヤケを起こし、シャトラールが運転する車に飛び込んで自殺をはかるのですが……という物語です。


Marys
シムノン選集〈第9〉港のマリー (1970年)


 ジャン・ギャバンがシャトラールを演じたときは四十五歳。彼と恋に落ちるマリー役のニコール・クールセルは十九歳。ところが映画のジャン・ギャバンはなんだか老けていて、五〇~六〇歳くらいに見えます。そのせいで年齢差を感じさせすぎる二人の関係がどことなく不潔に見えて、スールノワーズ(心の底のわからない子)のマリーが、度を超したスールノワーズに見えてしまったみたい。
 原作を読んでみるとシャトラールは三十五歳でまだ若く、貧しい港町のポル・タン・ベッサンでも小都会のシェルブールでも、シャトラールとマリーだけが他の人々と違う似たもの同士で、惹かれあうことがよくわかります。


 


 『港のマリー』を見ていると、漁師たちが酔うために飲むカルバドス、シェルブールのレストランの女従業員がムシャムシャと手づかみで食べるムール貝、そして葬式後の喪服の食卓に出てくるりんごパイを食べてみたくなります。港町のポル・タン・ベッサンの葬式は、黒のキャスケットに黒いタートルネックという漁師ならではの喪服がちょっとオシャレで、スーラも絵に描いた簡素な石造りの町を葬列の進む様子が厳かで美しいです。



 ところが葬式が終わって家に戻り、格子柄のテーブルクロスがかけられた食卓にマリーが大きなりんごパイを乗せると同時に、叔母はりんごパイを何等分に切るかに夢中になり、叔父はタバコの紙を巻き、姉は子どもと戯れ、人々は今後の計画を乱暴に話し始めてガヤガヤと賑やかしくなります。この聖と俗のコントラストが、ポル・タン・ベッサンの空気を強烈に伝えるのですが、マリーはガヤガヤしている食卓でひとり静かに給仕をし、シャトラールはガラス窓越しに葬列を傍観し、二人だけが周囲から浮いているのでした。


 


 石造りの路地、喪服、整然とした葬列の無機質な世界から、ホカホカ湯気が立つような日常に戻ったときに、画面いっぱいに映る大きなりんごパイは、パイ皮の端がピザのようにぷくっと膨らみ、白黒映画では焦げ目に見えるくらいしっかりと焼き色が付いていました。その上に並べられたりんごのスライスは飴がかけられたようにつやつやと光っていて、こちらも香ばしそうな焼き色が付いています。当たり前に思い浮かべるりんごパイに比べるといびつなのですが、見とれるくらい美味しそう。この美味しそうな大きいりんごパイを見ていると、ポル・タン・ベッサンの生活を田舎臭く息苦しく思いつつも、やっぱり親しみ深く離れがたく、ずっとそこでヌクヌクとしていたい地元の人々の気持ちがわかるような気がします。


 


 しかしそんな魅惑のりんごパイのレシピはわからないので、同じジョルジュ・シムノンが書いたメグレ警視シリーズに登場する料理のレシピを紹介した、ロベール・J・クールティーヌ著『メグレ警視は何を食べるか? フランスの家庭の味100の作り方』のりんごのタルト・バリノワーズ(Tarte aux pommes bas-rhinoise)を作ってみることにしました。この本はもう絶版になっているので、ちょっと現代風でない(?)手順をアレンジしたレシピを以下に紹介してみます。


apple ロベール・J・クールティーヌのレシピを参考にした、りんごタルト・バリノワーズ 

【材料】
(タルト生地)
・バター 120g
・小麦粉 120g
・コーンスターチ 40g
・砂糖 50g
・卵 1個

(フィリング)
・紅玉 2個
・砂糖 50g
・牛乳 1カップ
・小麦粉 大さじ1
・コーンスターチ 大さじ1
・ナツメグ 少々
・卵 1個
・卵黄 1個

【作り方】
・タルト生地用の小麦粉とコーンスターチを合わせてふるいにかけておく
・室温でやわらかくしたバターに小麦粉、コーンスターチ、砂糖、溶き卵を加え、こねすぎないように混ぜて、しばらく涼しいところでねかせる
・生地をのばして20cmくらいのタルト型にしき、フォークで数箇所つついて小さな穴を開けておく
・りんごの皮をむいて半月形に薄くスライスし、バターを敷いたフライパンで火を通す
・タルト生地にクッキングシートを乗せて重石を乗せ、200度のオーブンで15分焼き、取り出してクッキングシートと重石を取り除いて再び5分焼く
・フィリング用の卵と砂糖を混ぜて白くもったりするまで泡立てる
・卵と砂糖の混合物に、フィリング用の小麦粉とコーンスターチをふるいにかけたものと牛乳を加えて混ぜる
・混合物を漉し器で漉して火にかけ、もったりするまで加熱して、カスタードクリームを作る
・焼いたタルト生地にりんごを並べ、その上にカスタードクリームを乗せ、ナツメグをふりかける
・180℃のオーブンで15分焼き、冷めたら食べる

book 参考:ロベール・J・クールティーヌ著『メグレ警視は何を食べるか?』(文化出版局)


Maigret
メグレ警視は何を食べるか?―フランスの家庭の味100の作り方 (1979年)


 ロベール・J・クールティーヌは美食ジャーナリストで、この『メグレ警視は何を食べるか?』のオリジナル本は一九七四年にフランスで発売され、ジョルジュ・シムノン自身が序文を書いています。クールティーヌは料理に詳しいだけでなく、本当にシムノン愛読者でもあるようで、この本のレシピには「港のマリーのスフレ」という創作料理まで掲載されていました。ここで参考にしたりんごタルトは、『メグレと田舎教師』という作品に出てくる田舎医者の妹が作ったタルトをイメージしたもので、『港のマリー』とは関係ないのですが、シムノンと同時代に生きた人が教えてくれるフランスの田舎の家庭のりんごタルトを味わってみたくて作ってみました。


 


 しかし、もったりしたカスタードクリームをたっぷり乗っけるタルト・オ・ポムより、卵液がカリッと焼ける 『プロヴァンス物語 マルセルの夏』日記のタルト・オ・ポムの方が好みかも。次こそは、もっと全体的に焼き色が濃いりんごパイを焼いてみたいです。


 


 

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2012.04.24

メランコリア(2011年)

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キルスティン・ダンストはミートローフを食べて吐く。

 初めて見たラース・フォン・トリアー監督作品は、デートで映画館へ見に行った『ヨーロッパ』。その後も話題作は見ているけど、キリスト教や古典やヨーロッパの歴史などの知識があんまりないのに見てもしょうがない内容が多いのと、女いじめが過ぎるのとで、ラース・フォン・トリアー監督作品は気軽には見に行かないようにしていました。しかしこの『メランコリア』に関しては、「ラース・フォン・トリアー監督作品が大っ嫌い!!!」と公言している町山広美さんと山崎まどかさんが絶賛していたのが面白かったので、日比谷のみゆき座に見に行きました。私が見に行った後に早々と上映は終了しちゃったようですが、なんとなく心配した通り、「鬱々してる自分勝手な“不思議ちゃん”が地球の滅亡を予言し、言った通りに惑星が地球に衝突しそうになってから妙に張り切る困った映画」と多くの人が思っちゃったのが不入りの原因? 私はたいへん楽しく見ました。


Melancholia
メランコリア(DVD)


 


 結婚式の当日を迎えた新婦のジャスティン(キルスティン・ダンスト)は若く美しく広告代理店に勤める優秀なコピーライター。ハンサムで優しい新郎のマイケル(アレクサンダー・スカースガード)にも心から愛されています。姉のクレア(シャルロット・ゲンズブール)とその夫のジョン(キーファー・サザーランド)が所有する美しい城館で行われる結婚式は、なんの問題もなく始まったかのように見えました。ところが、ジャスティンは鬱病の症状がどんどん悪化し、おどけてばかりの父(ジョン・ハート)は頼りにならず、変わり者の母(シャーロット・ランプリング)は勝手な行動を取り続け、式は混乱に陥っていきます。そんな中、赤い星アンタレスが消え、惑星メランコリアが地球に異常接近し……という物語です。


 


 主人公の家族からして国籍も歴史もまったく想像できないメンバーであるところが笑っちゃっうのだけど、広告代理店の上司と後輩との会話も薄っぺらで、いつものラース・フォン・トリアー作品と同じように現実味はゼロ。それでも映像の素晴らしさは有無を言わせず、キルスティン・ダンストは輝くばかりに美しく、女をいじめていじめていじめ抜いて堕ちるところまで堕とすいつものラース・フォン・トリアーとは違っていました。



 なぜトリアーは女いじめをやめたのかというと、数々のインタビューで彼自身が答えているように、欝病に苦しむ自分を女主人公に投影したからです。ではなぜそれが惑星や女性や予言や世界の終わりのイメージになるのかというと、それはトリアーが発明したわけではなく、ヨーロッパには土星とメランコリー気質(憂鬱症)を関連づける文化があるからで、ミルトンとかキーツとかデカルトとかフーコーとかを読んでいる賢い人には常識なのかもしれないけど、私は若桑みどり先生の著書でたまたまそんな話を読んでいたのでワクワクしながら見ました。


 


 せっかくなので、この機会にエルヴィン・パノフスキーらの共著『土星とメランコリー』やミシェル・フーコー著『狂気の歴史』も読んでみたら、トリアーがインスピレーションを得たと思われるイメージや論考がいっぱい詰まっていました。ということは映画に出てくる食べ物もきっと、はっきりしたイメージを持って撮られていたに違いありません。


Melancorias
土星とメランコリー―自然哲学、宗教、芸術の歴史における研究


 ではジャスティンは何を食べていたのかというと、姉のクレアが自分のために用意してくれた好物のミートローフをひとくち食べて「灰のようだ」と言って吐いてしまう一方で、ベリーのジャムは瓶に指を突っ込んで貪り食べます。惑星メランコリアが地球に接近する朝も、姉が焼いてくれたパンケーキには手をつけず、コーヒーを飲んでいました。結局、ジャスティンが食べていたのは、ベリーのジャムやチョコレート、コーヒーなど黒い物ばかりです。これは、古代からメランコリアが「黒胆汁」という意味であることや、アリストテレスらが「黒い葡萄酒が、他のなにものにも劣らず、人を憂鬱症の人間と同じような性格にする」と書いていることに関連づけてあるのでしょう。私はゴマもチョコレートも黒酢も黒豚も好きだけど、欝気質じゃないので、ミートローフを作ってみることにしました。


 


 ミートローフの起源は紀元前五世紀のローマまで遡れるとされ、アピキウスの『料理大全(De Re Coquinaria)』には、ウサギのひき肉と、松の実、アーモンド、胡椒、卵などを混ぜて豚の大網膜で包んでオーブンで焼く、「LEPOREM FARSUM」というミートローフに似た料理が掲載されているそうです。これがドイツのミートローフ、Falscher Hase「偽うさぎ」になり、アメリカやイギリスのミートローフになったとのこと。そのアピキウスも著書の中で「黒い鳥や黒い魚を食べるとメランコリア(黒胆汁)が増える」と書いています。ミートローフが印象的に映画に登場するのはメランコリアが誕生した古代に思いを馳せて? それともジャスティンやクレアや城館のイメージの元になっていると思われるサド侯爵の『悪徳の栄え』の睾丸の挽き肉や少年の尻の肉のイメージ? 



 イギリスの『ビートン夫人の家政読本』(一八四七年)にもアメリカの『The Boston Cooking Shool』(一八九六年)にも、ミートローフは「Veal Loaf」という料理名で掲載されていて、両方ともロースト済みの肉を材料に使っていることに驚きます。きっとローストビーフの残り物を活用するための料理になっていたのでしょう。わが家ではシンプルにパセリ、塩胡椒、牛豚の合いびき肉、つなぎの溶き卵を混ぜて、二〇〇℃のオーブンで三十分焼いて、ケチャップをかけて食べたらとても美味しかったです。

fastfood ビートン夫人のミートローフ

【材料】
・冷たいローストした子牛肉をよく挽いたもの 1lb
・ソーセージミート 1/2lb
・パン粉 2tbs
・グレービーもしくはスープストック 少量
・卵 1個
・塩コショウ

【作り方】
子牛とソーセージミートとパン粉を混ぜ、塩コショウでしっかり味付けし、卵を加える。よく混ぜて、グレービーもしくはスープストックを少しずつ加え、十分にしっとりするまで混ぜる。短く厚い円筒形にして、小麦粉で軽く覆う。もしくは節約しなくていい場合は、卵とパン粉でくるむ。中火のオーブンで1時間焼き、時々熱い油をかける。出来上がったら、熱いままでも冷めても食べられる。熱い状態で食べるときは、美味しいグレービーか味に合うソースを添えよう。

bookイザベラ・メアリー・ビートン著 『MRS. BEETON'S BOOK OF HOUSEHOLD MANAGEMENT』より



fastfood 『The Boston Cooking Shool』のミートローフ

骨に沿って切って、子牛の膝をバラバラに分ける。水分をふいて、脂肪の無い1ポンドの牛肉とタマネギ1個を鍋に入れる。沸騰した水に浸し、牛肉が柔らかくなるまでゆっくり加熱する。水気を切って牛肉をよく挽いて、塩コショウでしっかりと味付けする。型の底に固ゆで卵のスライスとパセリを並べる。肉の層、薄くスライスした固ゆで卵の層を置き、よく刻んだパセリを散らして、残った肉で覆う。上から1カップ以下の酒を浴びせる。押して冷やして固まったら、お皿に開け、パセリで飾る。

book ファニー・ファーマー著『The Boston Cooking Shool』より



 ミートローフから黒いベリー、ブリューゲル、ゴヤ、オフェーリア、サド、トリスタンとイゾルデまで、先人たちのイメージを拝借しているトリアーをいけすかなく思うかと言えばそんなことはありませんでした。古代から中世においては星に定められた不幸な運命とされていたメランコリー気質は、ルネサンスでは不吉な星から解放され、知的で思索に向いている天才の気質とされたけれど、ジャスティンはさらにその上を行き、星に支配されるどころか星と一体化し、世界まで滅ぼしてしまいます。闇を背に橙の光に包まれて緑の芝の上を花嫁姿、湿った暗い岩の上で星に呼応して青光りする裸体が美しいジャスティンの狂気の物語は、豊かで感動的でした。この映画も、トリアーが引用しまくった狂気のイメージの歴史に、新たな素晴らしい一作として加えられるんじゃないでしょうか。


 


 

  

 


 

 

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2012.04.06

ヤング≒アダルト(2011年)

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メイビスが最後に食べるのはココナッツフレークをまぶしたドーナツ。

 昨年、仕事の関係でTVドラマ「ユナイテッド・ステイツ・オブ・タラ」を見なければならない機会があり、参考のために、同じくディアブロ・コディが脚本を書いた映画『ジュノ/JUNO』も続けて見たら、すっかり彼女のファンになってしまいました。人生においてマイナスとしか思えない事柄も(多重人格症や未成年の妊娠)、意外とマイナスじゃない、もしかしてかえってプラスかも? と思えるような、彼女が描く「幸と不幸の境目がなくなる瞬間」が大好き。というわけでディアブロ・コディの新作が来たら映画館に見に行こうと待ちかまえていたら、ジェイソン・ライトマン監督『ヤング≒アダルト』が封切られたので先月、見に行ってきました。楽しみに思うのと同時に、主人公が「もう若くない田舎出身の負け犬女」と聞いて、「もう若くない富山出身の負け犬女」としては「どれどれ(お手並み拝見)」という気分で見たのも本当のところです。


 


 若者向けシリーズ小説のゴーストライターをしているメイビス(シャーリーズ・セロン)はミネアポリスに暮す三十七歳。かつて人気だったシリーズも終了が決定し、浮かない気持ちで最終回を執筆する日々を送っていました。そんな彼女のもとに、元カレのバディ(パトリック・ウィルソン)から赤ちゃん誕生のメールが届きます。最終回の恋の結末の構想を練りつつ、パッとしないデートをした翌朝、運命の恋人を取り戻さなくてはならない気分になったメイビスは、故郷のマーキュリーへと車を飛ばします。さっそくバディと再会し、彼にまだ自分への思いが残っていることを(勝手に)確認したメイビスは、元いじめられっ子のマット(パット・オズワルド)の制止をふりきって、バディの妻のベス(エリザベス・シーサー)のバンド演奏会、赤ちゃんの命名式と誘われるまま突進し……というコメディです。



 都会に暮す業界人なんだけど、ニューヨークではなくミネアポリス住民。人気シリーズを手がける作家なんだけど、名前は表には出ないゴーストライター。オシャレでゴージャスな美女なんだけど、酔っ払って化粧をしたままベッドになだれ込むだらしない独身女。そんなメイビスに呆れるより共感できるところが多すぎて、大笑いしながら見ました。よほど性格のよいエリートでない限り、彼女くらいの欺瞞と傲慢は誰にでも思い当たるところがあるのでは? ダイエットコーラの2リットルペットボトルを常飲しつつも、アイスクリームやクッキー、ブラウニーなど甘いものを食べまくる、というのも私が日々やっていることと同じ! 女性の「甘いもの&ダイエット生活」を白日の下に晒してみると、メイビスに劣らないクレイジーな話はゴロゴロ転がっているはず。甘いものひとつとっても、ディアブロ・コディの目の付けどころは面白く、彼女が描く「もう若くない田舎出身の負け犬女」は期待を裏切らない楽しさでした。



 欺瞞と傲慢にまみれたメイビスは、映画が終る頃には改心して何かを得る? 成長して故郷を去る? 予想とまったく違って、最後に待っていたのは、ちょっと震えるくらい感動的な結末でした。あのラストシーンのシャーリーズ・セロンが観客に与える勇気と力強さを何かにたとえるなら、今村昌平監督『豚と軍艦』のラストシーンでひとり横須賀から出て行く吉村実子のガッツに匹敵すると言いたいです。そして最後にシャーリーズ・セロンは今までと変わりなくココナッツフレークがふりかけられたドーナツを口にくわえたまま車を発進させます。何故しつこく最後までメイビスは甘いものを食べるのかというと、彼女は相変わらずだらしない女で、自分の欲望に正直な女で、だからこそ他人の欲望も認める女で、他人に同情するなんて失礼なことは絶対にしない女だからです。



 シャーリーズ・セロンのガッツに敬意を表し、人生初のドーナツを作ってみることにしました。しかし私が食べたことのある手作りドーナツというと、子どもの頃に母が作ってくれた、余ったホットケーキミックスを丸めて揚げ、砂糖を入れた紙袋に入れて振る、という「穴のあいてないドーナツ」だけです。ドーナツが出てくる映画はたくさんあるのに、レシピはもとより、ドーナツはいつごろから食べられているのか、刑事がドーナツを食べる映画が多いのは起源となった作品があるのかなど、わからないことだらけ。そこでアメリカの料理について調べるときは必ず目を通すファニー・ファーマー著『The Boston Cooking School』をパラパラ見てみると、一八九六年版には三種類のドーナツのレシピが、一九一八年版には五種類のレシピが掲載されていました。少なくとも一九〇〇年頃には既に、ドーナツは定番のおやつだったことが想像できます。



 一九一八年版の五種類のドーナツは、Wheatless Doughnuts(ライ麦のドーナツ)、Raised Doughnuts(イーストを使ったドーナツ)、Doughnuts1(小麦粉と牛乳のドーナツ)、Doughnuts2(サワークリームとタルタルクリーム=酒石酸水素カリウムを使ったドーナツ)、Doughnuts3(ケーキのように黄身と白身を分けて泡立てたドーナツ)。初心者は最もシンプルなDoughnuts1に挑戦してみることにしました。オリジナルの量では多過ぎるので、その半量で試しましたが、初挑戦には初挑戦なりの試練が。オリジナルの量で作っていたら、とんでもないことになっていただろうとわかるのは後になってからでした。掲載されていたレシピは下記の通りです。

cake 『The Boston Cooking School』のドーナツ

【材料】
・砂糖 134g
・バター 30g
・卵 3個
・牛乳 240cc
・ベーキングパウダー 4ts
・シナモン 1/4ts
・挽いたナツメグ 1/4ts
・塩 1と1/2ts
・小麦粉 427g


【作り方】
バターを室温でやわらかくして1/2の砂糖を加える。ふんわりするまで卵をよくかき混ぜる。残りの砂糖を加え、先ほどのバターの混合物と混ぜる。3と1/2カップの小麦粉、ベーキングパウダー、塩、スパイスを混ぜてふるいにかける。生地を平らにのばせるくらい十分に小麦粉を加える。混ぜたものの1/3を、打ち粉をした板に打ちつけ、少しこね、軽くたたき、1/4インチ(約6mm)の厚さに引き伸ばす。ドーナツカッターで型を取り、たっぷりの油で揚げる。串で刺して引き上げ、キッチンペーパーで油を吸い取る。ドーナツカッターで型を取った余りを、残りの生地の1/2に加えて平らにのばし、形を作り、前と同じように揚げる。それを繰り返す。ドーナツは早く油の上の方にあがってこなければならず、片側が茶色になったら、同じ温度を保ったまま、茶色の側を上にひっくり返されなければならない。もし冷たすぎるなら、ドーナツは油を吸収するだろう。もし熱すぎたら、ドーナツは十分に火が通る前に茶色になるだろう。油で試してやり方を習得しよう。

book ファニー・ファーマー著『The Boston Cooking School』の一九一八年版より


 オリジナルの半量の材料を混ぜ合わせてみると、ケーキの生地くらいのゆるさだったので、まずはレシピ通り小麦粉を足しました。しかし、足しても足しても生地はドロドロのままで、いつのまにかけっこうな量の小麦粉を足していることに気付きます(量は不明! これをオリジナルの量で作っていたらと考えるとゾッとするほどの量)。このまま調子に乗って足していると、カチカチのドーナツを何日間にも渡って食べ続けることになると思い、意を決してゆるい生地のままドーナツカッターでくり抜き、慎重に油に投入してみました。揚がったのは、ミスタードーナツのオールドファッションのように固くてどっしりした、パンのようなドーナツ。どこまでゆるい生地に踏み止まれるかに、やわらかいドーナツへの鍵が隠されているのでしょうか? そしてクリスピー・クリームのオリジナル・グレーズドのような、ふわふわドーナツを作るにはたぶんイーストを使わなくてはならないのでしょう。次にドーナツ映画を見たら、黄身と白身を分けて泡立てる生地にも挑戦してみたいです。



 メイビスの故郷である田舎町「マーキュリー」は架空の町だそうですが、彼女が住んでいるミネアポリスといえばプリンスの町、『パープル・レイン』の町です。伝説のライブハウス「ファースト・アベニュー」と巨大なショッピングモールがあり、大きな道路をバイクで走れば湖に到着します。すぐ隣には、スコット・フィッツジェラルドが生まれたセントポールがあり、『冬の夢』の舞台となったホワイトベアー湖も近いです。『パープル・レイン』やフィッツジェラルドの小説では、ちょっとさえないアメリカ中西部出身の男の子が、南部からやってきた情熱的な女の子と運命の恋に落ちますが、『ヤング≒アダルト』では、中西部にくすぶっているのは野心満々の中年女で、元カレがフィッツジェラルドの主人公のようにロマンティックにいつまでも自分のことを好きでいてくれると思ったら大間違いであることがよくわかります。しかし現代のミネアポリスの女は、ゼルダのように精神が崩壊することはなく、デイジーのように上流階級の夫の庇護のもとでしか生きられないことはなく、ジュディーのように醜く不幸になるのでもなく、もっとしぶといのです。やっぱりディアブロ・コディの作品は新鮮でガッツがあって、描かれている事柄やイメージ以上のものを喚起するので面白いです。これからも彼女について行きます!

 
 

 


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